指定課題研究報告
主任研究者 布施養善 (東邦大学医学部新生児学教室
現:国立成育医療センター研究所)山口 曉 (医療法人成和会山口病院) 布施養慈 (帝京大学医学部産婦人科学教室)
ヨウ素は甲状腺ホルモンの合成に必須であり、その欠乏および過剰は甲状腺機能異常を主としたさまざまな病態を引き起こす。わが国では古来より海藻類、魚類を多く摂取する習慣から、ヨウ素欠乏症は存在しないと考えられ、むしろ過剰と指摘されることもある。しかし、現在のわが国のヨウ素摂取状況について、全国的なデータは、ほとんどない。
研究の背景
近年、食事習慣の変化に伴いヨウ素を多量に含む加工食品、特に調味料、レトルト食品などが大量に消費されており、ヨウ素が多く摂取されている可能性があるが、実態は明らかではない。妊産婦のヨウ素代謝については、ヨウ素欠乏が新生児の発育、発達に悪影響を及ぼすことが知られているが、妊娠中の母体のヨウ素過剰摂取が妊産婦と胎児・新生児の甲状腺機能にどのような影響があるのかは不明である。
日本人のヨウ素の食事摂取基準は年齢によって推定平均必要量、目安量、推奨値、上限値の基準値が定められているが、これらの数値はすべて日本人のデータを基にしたものではない。成人ではヨウ素の必要量は95μg/日、推奨値は150μg/日、上限値は3000μg/日とされる(1)。
人体に摂取されるヨウ素の大部分は食品に含まれるものによる。日本食品成分表に掲載されている原材料的食品のうちヨウ素濃度が記載されているものは13種類、42品目である(2)。加工食品では非常に多くの種類の食品に原材料の他にヨウ素を含む種々の調味料、食用色素、風味材料(昆布エキスなど)などが加えられており、その詳細については一般消費者には明らかにされていないものが多い。本研究の目的は原材料的食品以外で一般に市販されている加工食品中のヨウ素含有量を明らかにすることである。
研究目的
材料と方法
1.対象とした加工食品
平成18年末から20年初めまでの期間に無差別に選んだ首都圏(東京都、神奈川県、千葉県)の百貨店、食品スーパーマーケット、コンビニエンスストアなどにおいて、全国的に市販され、入手が容易な加工食品のうち、成分に海藻類(エキスも含む)が含まれていると記載された品および商品名に海藻類の名称が含まれる商品を各種類1点のみ購入した。主なものは調味料(醤油、酢、食塩、だしの素、つゆの素など)、即席カップ麺、即席みそ汁・スープ・お吸い物などである。対照として海藻類の記載のない同種類の品を選んだ。さらに飲料(清涼飲料水、ミネラルウオーター、お茶、栄養ドリンクなど)も対象とした。
これらの商品はすべて継続的に製造、販売されているものではなく、鍋つゆのような冬期のみに販売される季節的商品や、短期間のみ製造、販売されるものもあり、研究期間内においても、すでに生産、販売されていない品もあった。
2.食品中ヨウ素含量の測定法
(1) 前処理法 ヨウ素含量の測定のための食品試料は次のような方法で前処理をおこなった。具が別になっている即席みそ汁、乾燥スープ、即席カップ麺は具を全量、ホモジェナイザーで粉砕して、粉末スープとともに製造・販売者の指示する量の水を加え、15分間加熱後、3500rpm、10分で遠心分離し、上清を採取した。粉末状の材料、液体の材料は全量を秤量し、その一部を分析した。 (2) ヨウ素の測定 試料中のヨウ素含量はAPDM(ammonium persulfate digestion on microplate)法を用いた(3)。この方法は総ヨウ素(無機ヨウ素と有機ヨウ素)濃度が測定可能であり、測定感度は1.39μg/dlであり、測定内誤差4.8-5.9%、測定間誤差は15%以下である(3,4)。顆粒・粉末検体と液状検体について、それぞれ、次のような方法でヨウ素含量を測定した。 1) 粉末検体操作法 @100mg秤量、A20%塩素酸1mlを加えて90℃、2時間消化する。消化した液を水で10倍希釈する(希釈液Aとする)、Bマイクロプレート上に0.05mlを採取し、20%塩素酸100μLを加え密封下、105℃ 90分消化後、測定、C測定範囲を超えた検体については、希釈液Aを水で更に希釈後、工程Bの操作により測定。 2) 液状検体操作法 @水で検体を10倍希釈する(希釈液A)、Aマイクロプレート上に希釈液A 50μLを採取し、20%塩素酸100μLを加え密封下、105℃で90分消化後、測定、C測定範囲を超えた検体については、希釈液Aを水で更に希釈後、工程Aの操作により測定。 食品試料中のヨウ素含有量は固形のものは(μg/g)、液体のものは(μg/L),(μg/100ml),(μg/ml)などで表した。製造販売会社の指定した方法で調理した場合の1食分(1回量)に含まれるヨウ素含有量を算出した。
希釈液において測定感度以下のヨウ素濃度を示した検体については、原液に換算した濃度を示し、測定以下(<)とし、以下の表のなかで*印をつけた。しかし、このような検体は段階的に希釈して、測定限界を定めていないので、測定感度以下の検体とみなした。
食品検体中のヨウ素濃度が正しく測定されているか否かを解析するために無作為に選んだ3種類の食品についてヨウ素の添加回収試験をおこない、回収率は80%であった。(3) 調理方法によるヨウ素濃度の比較 無差別に選んだ漉し袋方式のだしパックを製造者の指定する調理方法(250−700mlの精製水に浸し、15分間加熱)で得られた液のヨウ素濃度とだしパック内の顆粒あるいは粉末の全量を上記1)の方法で処理して得られたヨウ素含量を測定し、1パックに含まれるヨウ素量を比較した。
結 果
1.18品目、合計366点の食品を購入した。このうち商品名あるいは成分に海藻類(エキスも含む)の記載がある食品は204点、記載のない食品は162点である(表1)。
2.海藻類の記載の有無とヨウ素の検出の有無との関連
1) 商品名あるいは成分に海藻類の記載がある食品では97.1%(204検体中198検体)にヨウ素が検出されたが、記載のない食品においても59.3%に検出された(表2−1)。 2) 海藻類の記載がない食品でヨウ素が検出される頻度が高いのは食品群のうち、即席カップめん・即席スープ・お吸い物、だし、飲料類などであった(表2−2)。 3) ヨウ素が検出された食品の約1/3、すなわち32.7%(294検体中96検体)には商品名あるいは成分に海藻類の記載がなかった。またヨウ素が検出されない食品の91.7%は商品名あるいは成分に海藻類の記載がなかった(表3)。
3.食品中に含まれるヨウ素量
対象とした食品のうち調味料類は1gあるいは1mlあたりのヨウ素含量を、その他の食品は1食分に含まれるヨウ素の量を算出した(表4−表9)。日本人成人のヨウ素摂取量の推奨値は一日150μg、上限値は3mgとされており、これらの値を目安に検討した。
1) 調味料類 食塩、化学調味料、醤油、酢、ポン酢、しゃぶしゃぶ・すきやき・焼き肉のたれについて、ヨウ素含量を表4に示す。 @ 昆布塩は最もヨウ素含量の多いものは1gあたり788.5μg(推奨値の5倍以上)であるが、昆布の含まれていない食塩は2μg/g以下であった。化学調味料2点にはヨウ素は含まれていなかった。 A 醤油は昆布を含む品はすべてヨウ素が検出されたが、その含量は1.2-101.1μg/mlと100倍近くの差があった。 B 酢、ぽん酢は商品名に昆布の記載のある品はすべてヨウ素が含まれていたが、多くても30μg程度であった。 C たれ類については5点が1mlあたりでも310-4,900μgと非常に高濃度のヨウ素(推奨値の2〜30倍以上)を含んでいた。 2) こんぶ茶、お茶づけ、ふりかけ すべての製品にヨウ素が検出された。1gあたりと1食分に含まれるヨウ素の量を表5に示す。 @ こんぶ茶は一杯に296-804μgの高濃度(推奨値の2から5倍以上)のヨウ素を含んでいた。 A お茶づけ、ふりかけのヨウ素は1.2-58.1μgと最大でも推奨値の1/3程度であった。 3) 即席みそ汁、即席スープ・お吸い物、即席カップ麺、鍋のつゆ 具やスープを含めた1食分に含まれるヨウ素量を表6に示す。 @ 即席みそ汁はいずれも昆布やわかめを含んでいるが、ヨウ素含量は8.6-335.8μgと幅があるが、うち4点は127-335μgと推奨値の倍以上のヨウ素を含んでいた。 A 即席スープ・お吸い物もすべてヨウ素を含み、含量は3.4-5,108.7μgであった。6点が推奨値を超えるヨウ素を含み、うち1点は5.3mgと上限値3mgを超えるヨウ素を含んでいた。 B 即席カップ麺は具あるいは粉末スープにわかめや粉末昆布を含む品が多く、特に2点は2,770および4,430μgと上限値近くかそれを超える高濃度のヨウ素を含んでおいた。また他の2点は406.6および616.7μgと推奨値を超えるヨウ素を含んでいた。 C 鍋のつゆにはすべて昆布が含まれているが、3点は2,158-3,805μgであり、ヨウ素摂取量の上限値3mgを超えるものが1点、2mgを超えるものが2点、推奨値を超えるヨウ素を含むものが3点であった。 4) だし汁、だしの素、つゆ、おでん汁の素、めんつゆ、うどんだし だし類には顆粒、粉末あるいは漉し袋(テイパック状)の品と液体(希釈用も含む)のものがある。これらを用いて製造・販売者のレシピに従って@麺のかけつゆ(うどん、そば)、A麺のつけつゆ(そうめん、そばなど)、B天つゆ、C鍋物/寄せ鍋、Dおでん、E煮物のだし/つゆ、Fみそ汁、Gお吸い物/すまし汁を調理した場合、1食分に含まれるヨウ素量を表7に示す。
調理方法によってヨウ素含量は変化するが、ほぼ半数の品は1食分に推奨値150μgを超えるヨウ素を含んでいた。さらに上限値3mg以上で最大7.9mgにも及ぶヨウ素を含む品もあった。5) 飲料(茶系飲料、ミネラルウオーター、炭酸飲料、果実・野菜ジュース) 飲料は1本の量が50から500mlとさまざまであるので、100ml当たりと1本当たりに含まれるヨウ素の量を算出した(表8,表9)。56点のうち茶系飲料2点以外には成分に海藻の記載はなかった。 @ 茶系飲料は21点中8点にヨウ素が検出された。原材料に昆布の使用された「十六茶」2点は100ml当たりそれぞれ18.8と26.2μgのヨウ素を含むが、他の6点は10μg以下であった。 A ミネラルウオーターは10点中3点にヨウ素が含まれるが、その量は2.7-5.2μg/100mlと微量であった。 B 炭酸飲料は11点中9点にヨウ素が含まれるが、その量は3.4-17.7/100mlであった。 C 果実・野菜ジュースは16点中9点にヨウ素が含まれ、うち4点は11.9-46.1μg/100ml、5点は10μg以下であった。 6) 飲料(栄養ドリンク類、スポーツドリンク)(表9) @ 医薬品、医薬部外品も含めた、いわゆる栄養ドリンク剤すべて成分に海藻類の記載がないが、52点中34点(64.5%)にヨウ素が検出された。1本あたりのヨウ素含量は0.6から69μgであった。 A スポーツドリンクは11点中1点のみに海藻エキスの成分表示があったが、10点にヨウ素が検出された。しかしその濃度は100ml当たり10μg以下と少量であった。 7) 高濃度のヨウ素を含む食品 1食分あるいは1mlか1gあたりに100μg以上のヨウ素を含む食品を表10−1および表10−2にまとめた。だし類については、調理方法によってヨウ素含量が異なるが、最も多い量を示した。366点のうち92点(25.1%)が該当し、うち54点はだし類である。また1mg以上のヨウ素を含む食品が32点あり、上限値とされる3mgを超える食品がそのうち10点であった。
4.製造・販売会社による食品中のヨウ素含量
食品製造・販売会社9社より22点の食品についてヨウ素含量を測定した結果が提供された。このうち12点については本研究においてもヨウ素含量を測定したので、その結果と比較して表11に示す。食品の商品名は同一であり、製品ロット、測定方法の違いを考慮しても、両者の結果には大きな差はないと考えられる。
5.調理方法による食品中ヨウ素含量の差異
だしパック12点についてパック内の顆粒あるいは粉末全量を直接、測定した場合と製造者が指定する方法によって調理した場合の1袋あたりのヨウ素含量を表12に示す。水で抽出したヨウ素含量は塩素酸消化法で得られたヨウ素含量の35.1から429.6%であり、塩素酸消化の過程において食品中に何らかの干渉物質の存在が示唆された。
考 察
1.ヨウ素含有量の多い食品について
1) 1食分で成人のヨウ素の1日の必要量(95μg)、推奨値(150μg)、上限値(3mg)を超える食品が多数、存在する。 2) だし汁類、特に昆布だし、昆布つゆにはこんぶそのもの(破片やエキス)を含むものがある。また、即席みそ汁、即席めんの具に乾燥こんぶ、わかめなどが含まれている品もある。原材料としてこんぶ1gには13.1mgのヨウ素を含むとされるので、これらの食品のヨウ素含有量は多くなることが考えられる。 3) たれ類にもヨウ素が多く含まれ、使用量によっては、1食で上限値を超えるヨウ素を摂取する可能性がある。
2.商品名、成分の海藻類の表示とヨウ素含量との関連について
1) 一般的に海藻名が商品名あるいは成分に記載されている品のほとんどにはヨウ素が検出されるが、記載のない食品でも半数以上に検出される。「風味原料」にヨウ素が含まれている可能性もあるが、理由は不明である。 2) 食品中のヨウ素含有量には非常に幅があり、表示の有無とヨウ素含量との関連は食品によって異なる。
ヨウ素を含まない食品の9割以上には藻類の記載はない。
本研究の結果は、食事調査によって日常のヨウ素摂取量を正確に評価する目的において、また臨床的にはヨウ素制限食の献立を考慮する際にも有用と思われる。3.食品中のヨウ素測定の問題点
1) 多種多様の食品について、ヨウ素測定に干渉を及ぼす物質の影響を排除するための適切な前処理方法を確立する必要がある。 2) 今回の研究では1食品1検体を測定したが、製品ロット間のばらつきを少なくするためには、同一食品の検体数を増やす必要がある。
文 献
| 1. | 厚生労働省(2005):厚生労働省策定日本人の食事摂取基準(2005年版)p189-193 第一出版 東京 |
| 2. | 食品成分研究調査会編(2006):五訂増補日本食品成分表,医歯薬出版,東京 |
| 3. | Ohashi,T., et al.(2000) Simple microplate method for determination of urinary iodine. Clinical Chemistry, 46, 529-536. |
| 4. | 大橋俊則(2007)生体試料中のヨウ素測定 ホルモンと臨床 55:577-586 |
| 5. | 西山宗六他(2003)クレチン症周辺疾患と食品のヨウ素汚染 ホルモンと臨床 51:959-966 |
| 6. | 健康・栄養情報研究会編(2006):厚生労働省平成15年度国民健康・栄養調査報告 第一出版 東京 |