指定課題研究報告
低身長児の生活の質評価尺度の開発に関する研究



母子相互作用の視点から考える低身長児のQOL
主任研究者 柿沼美紀 (日本獣医生命科学大学)
 上村佳世子 (文京学院大学)
 高橋桃子 (日本大学医学部附属板橋病院)
 宮尾益知 (国立成育医療センター)
 廣中直行 (科学技術振興機構下條潜在脳機能プロジェクト)
 上林靖子 (中央大学)
 丹羽洋子 (育児文化研究所)
 長田久雄 (桜美林大学大学院)
 小林 登 (財団法人中山科学振興財団)



 慢性疾患児の親のQOLと子どものQOLは相互に影響しており、患者のみならず、家族を対象にした社会心理的な支援、介入の重要性も近年指摘されている(Goldbeck & Melches 2005)。低身長児の治療も長期的な取り組みが必要であり、即効性のあるものではないため、その継続には医療従事者のサポートが重要になって来る。より効率のよい状態で治療を行うためには、対象児のQOLへの配慮が重要となって来る。
 治療を必要とする低身長児を対象にしたQOLの調査では、低身長児自身(子ども)とその親では子どもの状態に関する認識が異なることが明らかになっている。低身長児の自己に対する評価は健常児と変わらない(柿沼他2007、Theunissen et al 2002)。一方で、親は子どもが幼い頃から漠然と扱いにくさを感じている(Bertella et al 2007、柿沼他2008)。その不安は小学校高学年以降高くなっている(柿沼他2007)。
 これまでの母親を対象とした調査からは、就学前の母親は社会的に周囲に支えられていると感じている(柿沼他2008)。母親を支えるネットワークの一つには、治療で定期的に接触のある医療従事者も含まれると思われる。そこで、今回は、医療従事者を対象に、治療に際しての問題点や低身長児に対する自分の役割の認識について調査した。また、低身長児と母親に関する評価も実施し、母の抱える不安の要因に関する検討も行った。母親の不安軽減こそが、潜在的な子どもの不安の軽減と関連すると考えた場合、医療従事者の果たせる役割は大きいと言えるだろう。


方法

対象:低身長の行っている小児科の医師、看護師、心理士。
調査内容:1)低身長児の治療に関する項目、2)診療で関わった特定の低身長児及び母親に対する評価。
調査方法:全国の低身長児の治療を行っている小児科20箇所に文書にて調査協力を依頼。医療従事者が記入。60部配布。11機関が調査用紙を返却。27部回収、うち3部は諸条件を満たさないため使用せず(回収率45%)。回答者の職種の内訳は医師10名、看護師11名、心理士、診療助手、事務各1名。
調査期間:平成21年3月から5月。


結果

 医療従事者の受け止め方
 低身長児の治療で気を使う・気になる点。図1に示す。最も気を使うものとしては、生殖機能に関する告知や、今後の見通しについての説明など、コンサルテーション関連のものが多い。記述式の回答からは、告知を通して低身長児との信頼関係を深める、低身長児の病気の受容をうながすなど、肯定的な内容がみられた。回答者の92%が治療効果を実感しており、その結果、低身長児との良好な関係が築けていることが伺える。
図1 治療に関して気を配ること
図1

 一方で、低身長児や家族の過度な期待が負担となっている様子もうかがえた。これは、医師だけでなく、計測や採血を担当する看護師にとっても負担になっているようだ。目に見えて成果がでる治療とは異なった難しさが、時として医療従事者に対する不満として表現されているようだ。
 次に問題となるのは、治療の継続である。思春期に入り、子どもが注射を拒否する、継続しないことで、十分な治療効果が得られないケースが見られた。特に、低身長児が望むような効果が得られない場合、注射を継続することが難しくなっている。
 診察の問題点として、採血と身長の計測があがっている。採血は子どもが受診を嫌がる理由としても挙げられている。計測は、伸びが誤差範囲の場合もあるため、子どもが学校で測定してきたものより病院での数値が低い時は、看護師が特に気を使っている。身長が目に見えて伸びていると、本人も家族も明るくなり、医療従事者との関係も良い状態に維持されているようだ。
 その他として記述があったのが、治療対象外の受診である。特に大きな期待を持って受診する場合は、医療従事者にとっても、対応に苦慮している様子が伺える。治療に関する周知が十分ではない、対象者を明確に広報するべきといった意見も含まれていた。


 医療従事者が見た母子関係と治療の効果
 回答者が評価対象とした低身長児の内訳は男子15名、女子9名、平均年齢11.3歳(6〜17歳)。疾患名はGHD22名、ターナー症候群2名。複数の疾患のあるものは24名中13名。
 母親の不安の高さ(受診場面での行動)を、子どもの行動、治療効果、記入者(医療従事者)との関係をそれぞれ得点化した。母親を不安の高い群(以下不安群とする、n=7)と高くない群(以下普通群とするn=17)に分類した(p<.01)。不安群の特徴としては、治療開始に時間がかかった、愚痴不満が多い、受診時に泣くなどの傾向が高かった。
 職種別に見た評価の内容には有意差が見られた(x2(3)= 10.799 , p<.05)。残差分析の結果、看護師が母親の不安の高さを感じる傾向が高く(p<.05)、医師は低かった(p<.01)。
 不安群と、普通群のそれぞれの子どもの年齢、性別、受診時の子どもの行動、治療効果、記入者との関係について比較した。その結果、不安群の母親の場合、受診時の子どもに問題行動が報告されていた(p<.05)。具体的には、子どもが、「受診を嫌がる」「治療を嫌がる」「静かに待てない」などの傾向が目立った。
 性差に関しては、全体の数では差は見られなかったが、年齢群を平均年齢である11歳未満と以上に分けたところ、差が見られた。女子の場合は、不安群に11歳未満が有意に多かった(x2(1)=5.625, p<.05)。一方、男子の場合は不安群に11歳以上が多い傾向があった(x2(1)= 3.636 , .05  GHD以外の疾患の有無と母親の不安の高さには関係は見られなかった。ただし、疾患が多岐に渡るため、具体的な疾患との関連についての検討はできなかった。
 不安の高い群の受診時の子どもの状態を表1に示す。
表1


考察

 調査の結果から、低身長の治療は基本的に効果が見られ、本人、家族及び医療従事者にとって満足のいくものとなっているようだ。治療の中で重要な位置をしめるのが告知の問題であった。急速な変化が見えにくい治療であり、緊急性も高くないため、子どもが思春期に入ると治療の継続が難しくなることが多く報告されている。子どもの受診時のトラブルも同じ理由から生じている。多くの回答者が子どもを説得しながら治療の継続を促している様子が伺えた。一方で、治療に対する過度な期待も見られ、低身長児の治療の見立ての難しさが浮き彫りになっている。
 医療従事者による母子相互作用の評価の結果、母親の状態は不安の高い群とそうでない群に二分された。母親の不安と関連していたのは、治療経過や医療従事者との関係ではなく、受診時の子どもの状態であった。女子の場合は、年齢が低い子どもが、男子の場合は年齢の高い群が、受診時に問題を呈していた。女子は状況が理解できてくると、受診時に落ち着いた態度が取れるようになり、男子は短期的な成果の見えない治療に対する抵抗や、根気が必要な注射を継続できないなどの可能性も考えられる。
 看護師が母親の不安を高めに評価する傾向がみられた。これは職種の関係で、待合室での様子や、子どもや母親とのやりとりの機会が多いためではないだろうか。看護師の記述からも、いかに話をする機会を増やすか、限られた状況でどのような声かけをするかといった配慮をしている。そういった中で、母親の愚痴や不安に接する機会も増えていると思われる。医師が母親の不安をさほど感じない背景には、医師との診療場面では母子ともにその行動に抑制がかかること、また対応時間が限定されていることなどが考えられる。
 興味深いのは、治療効果と母親の不安の関連が見られなかったことである。また、データ数が限られているため、憶測の域をでないが、生殖の問題を抱えたケースが不安群に含まれていない。治療に関する記述の回答の中から、生殖の問題に関する告知は時間をかけて行っており、本人及び家族が受容できている様子が伺えた。
 基本的にどのケースも治療効果はあり、治療は継続できている。母親が泣いたり、愚痴を口にしても、医学的には治療の成果があり、母親もその成果を認識している。医療従事者も治療を負担に感じているわけではない。しかし、低身長児がしばしば思春期に問題を呈することを考えると、母親が抱えている漫然とした不安はその前駆となっている可能性はある。こういった不安はまず看護師の目につくと考えると、待合室の様子から早期に母親の変化に気付き、適切な介入を行うことが重要になってくる。
 中には治療開始前から不安が高いケースもある。治療に踏み切るのに時間がかかるのも不安の一つといえる。定期的な受診、遠方からの来院、待ち時間、過度な期待や、子どもの受診拒否なども負荷の要因となっている可能性はある。いかに子どもが状況を理解するかが、治療の継続と思春期の問題軽減に重要になる。今回、生殖の問題を抱えた低身長児の母親の不安が高くなかったことは、何らかのヒントになるかもしれない。 
 筆者らはこれまでに、就学前の低身長児の母親を対象にした調査、小学4年生から中学3年生までの母子を対象とした調査を行ってきた。就学前の低身長児の母親は漫然とした不安をかかえながらも、定型発達児の母親に比べ、社会的サポートがあると感じていた。小学4年生以上の低身長児の母親の不安は、定型発達児に比べ高くなっていた。今回の医療従事者による評価の対象となったのは6歳から17歳であったが、結果からは就学前後からすでに不安を感じている母親が存在する様子が伺えた。
 就学は日本の子どもにとって大きな区切りである。就学を機にさまざまな形で子どもが客観的に評価されるようになる。背の順での整列など、目に見える形での比較の機会も増えてくる。中学校に入り、制服の着用、狭い年齢層の中での生活、多くの子どもが発達加速期に入るなど、目に見えた形での比較の機会は増える。不登校などの問題が中学校で急増するのも、成績や日常生活に関する評価がより明確になるためと思われる。低身長児にとっては、身長の差や性発達の遅れが目に見えやすい時期でもある。  低身長児のQOLを考えると、就学などそのライフコースに合わせた形でのサポートが必要になるだろう。発達の節目に合わせて子どもに対するカウンセリングや、母親の不安の受け止めなどが求められる。看護師によるサポートに加え、心理士によるカウンセリングの実施を行うことで、不安軽減及び治療の継続を維持することが望ましい。  今回の調査では明らかにできなかったが、治療が継続できないケースも少なくないと思われる。医療従事者の回答からも、継続の難しさやそれに対する工夫が多くなされていることが伺えた。今後、さらに多くの低身長児が治療を継続するためには、ドロップアウトの要因の分析及びその対応策の検討が必要になるだろう。


<謝辞>

 本調査を実施するにあたりご協力をいただいた医療機関の方々にお礼を申し上げます。


<引用文献>

Bertella,L et al. (2007) Quality of life and psychological well-being in GH-treated, adult PPWS patients: a longitudinal study. J of Intellectual Disability Research, 51:302-11.
Goldbeck,L;Melches,J. (2005) Quality of life in families of children with congenital heart disease. Quality of Life Research, 14:1915-24.
柿沼他(2008)低身長児のQOLに関する研究(2)−親の養育不安− 成長科学協会研究年報 31,39-42.
柿沼他(2007)低身長児のQOLに関する研究(1)−親子の情緒的接近について− 成長科学協会研究年報 30, 57-64.
Theunissen, NC et al.(2002) Quality of life and self-esteem in children treated for idiopathic short stature. J Pediatr. 140:493-5.


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