指定課題研究報告
低身長児の生活の質評価尺度の開発に関する研究



低身長児のQOLに関する研究(2) -親の養育不安-
主任研究者 柿沼美紀(日本獣医生命科学大学)
 高橋桃子(日本大学)
 宮尾益知(国立成育医療センター)
 上林靖子(中央大学)
 上村佳世子(文京学院大学)
 廣中直行(科学技術振興機構)
 丹羽洋子(育児文化研究所)
 長田久雄(桜美林大学大学院)
 小林 登((財)中山科学振興財団)



はじめに

 筆者らはこれまでに低身長児のQOLを考える上で、3歳から10歳の認知発達及び小学校4年から中学3年生を対象に母子の情緒的関係について調査を行ってきた。その結果、低身長児に社会認知発達に遅れがみられた(柿沼他2004)。低身長児の対人認知の遅れはこれまでにも指摘されているが(沖2003)、思春期に見られる不適応などの問題の根底にはこういった発達の遅れ、偏りが影響を及ぼしている可能性がある。母子の情緒的関係は、受容と被受容感を軸に母子関係を捉えるFamily Diagnostic Test(東他2002)を用い測定した。小学校4年から中学3年までの低身長児及び母親を対象に実施したが、子どもは母子関係を安定したものと捉えていた。一方で、母親は不安定な傾向にあり、子どもとの距離をとる、あるいは養育に不安を感じる傾向がみられた(柿沼他2007)。この段階では、母子間で親子関係の捉え方に差が見られた。母親が治療の経過や子どもの将来を案じて先に不安を示している可能性も考えられる。
 慢性疾患児の母親及び先天性疾患児の母親を対象にした育児ストレスの研究(兼松 2006、奈良間2006)では健康児の母親に比べ、子育てに伴う負担が大きくストレスにさらされていることが報告されている。本研究では、低身長児の母親の特性を把握し、母親への支援のあり方を検討するために、同様の指標を用いて育児ストレスの調査を行った。
 一連の研究から、低身長児のQOLの向上を考える上では、子どもの社会性の発達に関する支援と母親の養育不安の軽減が重要であることが示唆された。その結果をふまえ、今後は養育不安軽減の対策の検討が必要になる。 


方法

対象:低身長の治療中(経過観察も含む)の6歳以下の子を持つ親7名(平均年齢35歳、子の平均年齢45.8ヶ月、男4名、女3名)及び統制群として、急性疾患で受診した6歳以下の子の親14名(親平均32.6歳、子平均44.1ヶ月、男7名、女7名)。
調査内容:1)Parenting Stress Index(PSI)(兼松他2006)、2)生育歴及び低身長治療歴、家族の身長などの情報を含むアンケート調査。PSIは市販の育児ストレスインデックス。親が記入。
調査方法:全国の低身長児の治療を行っている小児科11箇所に文書にて調査協力を依頼。外来で親が調査用紙に記入、医師が回収し返却。低身長群、コントロール群としてそれぞれ50部配布。8機関が調査用紙を返却。低身長群12部回収、うち5部は諸条件を満たさないため使用せず(回収率24%)。コントロール群16部回収、2名は条件を満たさないため使用せず(回収率32%)。
調査期間:平成19年3月から5月。


結果

親子関係:PSIの親側面及び子側面のサブカテゴリーの結果に関してはコントロール群と低身長群では有為差は見られなかった。しかし、質問項目のうち、78質問項目のうち、3項目で有為差が見られた。結果は表1に示す。
表1


考察

 サブカテゴリーにおいて有意差は見られなかったことから、3歳から6歳の低身長児の子どもを持つ母親の育児に関するストレス度はコントロール群と変わらないと考えられる。慢性疾患児の母親(兼松2006)及び、二分脊椎患児の母親を対象にした結果(奈良間2006)では、健康児に比べ、「子どもが期待通りにいかない」、「子どもの問題を感じる」といった側面が有意に高く、「夫との関係」が良くない傾向が見られたが、低身長児群の場合、そのような傾向は見られなかった。低身長児の場合、6歳以下では治療開始から間もない事、また日常生活における制約が少ない事から問題が少ないと思われる。しかし、筆者ら(2007)による小学校4年から中学校3年までの低身長児を持つ親を対象にした調査で明らかになったの母親の不安定な傾向を考えると、6歳以降に、子どもの状態や治療などが親にとって負担になっていく可能性が考えられる。実際、すでに就学前の段階で、母親は子どもに対して罪悪感を持ち、また漫然と子どもの扱いにくさを訴えている(気が散りやすい)。
 特徴的なのは、統制群に比べ、低身長群の「社会的孤立」が低いということである。慢性疾患児並びに二分脊椎患児の調査では健康児との差がみられなかったが、低身長群に関しては、統制群よりも有意に孤立感が少ない。これは、低身長の治療を通して、担当医、看護士など医療スタッフとの良好な関係があることを意味している可能性がある。先の筆者らの調査では、小児科で治療を継続的に行っている子どもは親子関係において情緒的に安定しており、また葛藤場面においてもゆとりを持って状況判断できる傾向があった。これは就学前から社会的サポートが良好な状態で育っている事と関連している可能性がある。
 成長障害のある子どもたちには、低身長による二次的な問題として様々な心の問題が生じることが報告されているが、その多くは思春期に顕在化してくる。この時期に先立ち母親の不安が高くなることと合わせると、治療開始時から導入する母親の不安及び子どもの心の問題に対する対応を継続する必要がある。
 具体的には、就学前から母親へのサポート、また思春期前の子どもへの対応である。長期間にわたる医療関係者との信頼関係が母子にとって安定した社会的サポートを提供していると考えるならば、まさに医療機関は重要な役割を果たすのではないだろうか。母親の抑うつ感の軽減、子どもへの対応方法の指導などを通して、母親の努力を評価し、母親の精神的な安定をめざす。また学校での「いじめ」な」や本人の自己イメージなど低身長に伴う問題に対する不安の軽減やストレスコーピング、また実際に問題がおきた時の支援策の提示およびカウンセリングの実施も必要である。子どもに対しても、安心して話ができる場の提供あるいは紹介(カウンセリング)をすることで、早期に心の問題に対応することが可能になる。
 今回の調査では、被験者数が少なく、結果の解釈は限定されている。しかし、前回の調査とあわせて検討すると、低身長児及びその母親が子どもの発達段階で直面する問題などをある程度明らかにすることができた。今後はこれらの結果をもとに、医療機関が取り組める心のケア、低身長児のQOL向上プログラムの検討が求められる。専門外来として、治療開始段階からの医師、看護士、心理士のチームワークによるサポート体制の構築が、治療をより効果的なものとし、子ども及び保護者のQOLの向上につながると考える。


<謝辞>

本調査を実施するにあたりご協力をいただいた医療機関の方々および保護者、お子さんにお礼を申し上げます。


<引用文献>

  東洋, 柏木惠子、繁多進、唐澤眞弓 2002. FDT 親子関係診断検査
 
  柿沼美紀、上村佳世子、高橋桃子他 2006. 低身長児のQOLに関する研究(1)-親子の情緒的接近について- 成長科学協会研究年報 30号 57-64.
 
  柿沼美紀、宮尾益知、紺野道子 2003.心の理論の発達に関する基礎的研究 成長科学協会研究年報 79-82.
 
  兼松百合子 2006 慢性疾患患児の母親のPSIスコアと健康児の母親のPSIスコア  兼松百合子他 「PSI育児ストレスインデックス 手引き」(社)雇用問題研究会 p.85-86.
 
  兼松百合子、荒木暁子他 2006 PSI育児ストレスインデックス (社)雇用問題研究会
 
  奈良間美保 2006 日本の選定性疾患患児の母親のPSIスコア 兼松百合子他 「PSI育児ストレスインデックス 手引き」(社)雇用問題研究会 p.87-90.
 
  沖潤一、白井勝他.2003. 低身長児の対人認知とQOLに関する研究 成長科学協会研究年報67-78.




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