指定課題研究報告
主任研究者 置村康彦 (神戸大学大学院保健学研究科病態解析領域、医学研究科糖尿病・代謝・内分泌内科) 肥塚直美 (東京女子医科大学内分泌センター内科) 島津 章 (国立病院機構京都医療センター臨床研究センター) 高野幸路 (東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科) 清水 力 (北海道大学病院検査部)
1.成人成長ホルモン分泌不全症患者のQOLに関する研究
主任研究者 置村康彦 (神戸大学大学院保健学研究科病態解析領域、医学研究科糖尿病・代謝・内分泌内科) 肥塚直美 (東京女子医科大学内分泌センター内科) 島津 章 (国立病院機構京都医療センター臨床研究センター) 高野幸路 (東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科) 清水 力 (北海道大学病院検査部)
はじめに
2006年に、成人成長ホルモン分泌不全症(Adult Growth Hormone Deficiency, AGHD)に対する成長ホルモン(GH)補充療法の保健適応が認められた。海外では、AGHDに対するGH補充療法の有効性に関して、短期、長期ともに種々の報告があるが、日本人における有効性の報告は多くない。GH補充療法を行なうことによって、AGHD患者のQOLの改善がみられるという報告は海外では多く、GH補充療法の1つの特徴となっているが、日本人のAGHD患者においてGH補充療法によりQOLの改善を確認したという報告はない。今回、日本人の下垂体機能低下症患者のQOLを評価するために最近作成されたJapan Adult Hypopituitarism Questionnaire, JAHQ)を用いて、1)GH分泌不全とJAHQスコアの関連性、2)AGHD患者のうち、GH補充群と非補充群のJAHQスコアにおける差、3)GH分泌不全群と、非GH分泌不全群+GH分泌不全ではあるもののGH補充されている群の2群間のJAHQスコアにおける差(すなわち、適切な量のGHが存在することとJAHQスコアの関連)について検討した。
方法
対象:北海道大学、東京大学、東京女子医科大学、神戸大学附属病院を受診している下垂体機能低下症患者で、患者情報を回収でき、JAHQに回答があった91名を対象とした。年齢、性別、身長、体重、下垂体ホルモンの欠損状況等患者背景は、担当医が背景表に記載し、データ管理解析を担当するClinical Study Support社(SCC)に送付した。また、患者の治療経過、症状依存度について、担当医が「たいへん良い」、「やや良い」、「普通」、「やや悪い」、「悪い」の5段階で評価し、それに関しても背景表に併せて記載した。
質問紙の回収方法:患者にJAHQ質問紙を手渡し、自宅で回答後、SCCに直接送付するよう依頼した。
JAHQのスコア化:JAHQは、社会・心理関連(Q1-34)、症状関連(Q35以降)の2領域より構成されるため、領域別に解析を行った。その2領域はそれぞれさらに下位領域に分離すると想定されている。現在検討中の下位領域別にも解析を行い、各領域に該当する質問項目の平均得点を併記した。今回の解析では、できるだけ多くの解析対象数を確保するため、症状関連の質問群から男女別の質問(男性用:Q75‐76、女性用:Q77)を除いて検討した。各質問項目の得点を「0が最悪、6が最良」となるように変換し、領域得点を単純和で算出(領域得点が高くなるほど、QOLが高くなる)した。
有意検定:領域および下位領域スコアの群間比較には、ウィルコクソンの順位和検定を用いた。検定は両側で行い、有意水準は5%とした。
結果
被験者の年齢中央値41歳 [範囲:18-82]、身長中央値 160.0cm [範囲:132.0-179.4]、体重中央値 62.8kg [範囲:38.0-116.0]、BMI中央値 23.8kg/m2 [範囲:16.4-44.8]、腹囲中央値 82.0cm [範囲:62.0‐115.0]であった。
GH分泌不全群と非GH分泌不全群の間に、社会・心理関連、症状関連、いずれのJAHQスコアにも差は認めなかった(表1)。しかし、GH分泌不全群のうち、GH補充療法を受けている者のJAHQスコアは、GH補充療法を受けていないGH分泌不全患者に比べ、有意差は検出できないものの高値であった(表2)。社会・心理関連、症状関連の各領域は、それぞれ5つ、7つの下位領域から構成されると考えられている。下位領域別に比較すると、性的関心に関わる下位領域(症状関連下位領域7)では、GH補充療法群と非補充療法群間で有意差が検出された(表3−1.3−2)。一方、全被験者を、GH分泌不全群と、非GH分泌不全群+GH分泌不全ではあるもののGH補充されている群に分け、生理量のGHが存在することと下位領域別JAHQスコアの関連性を検討したところ、気力に関連する下位領域(心理・社会関連下位領域3)において、GH存在群では有意にJAHQスコアが高値であった(表4)。治療経過、症状依存度に対する担当医の主観的評価が改善するにつれ、心理社会関連JAHQスコア、症状関連JAHQスコアのいずれにおいても高スコアとなっていた(図1)。
考察
GH分泌不全群と非GH分泌不全群の間に、社会・心理関連、症状関連、いずれのJAHQスコアにも差は認めなかった。しかし、GH分泌不全群のうち、GH補充療法を受けている患者のJAHQスコアは、有意差は検出できないものの、GH補充療法を受けていない非GH分泌不全患者に比べ高値であったことから、GH補充療法を受けていない非GH分泌不全患者のJAHQスコアは低値である可能性が考えられた。そこで、適切な量のGHがあるかどうかで区分してみたところ、社会・心理関連、症状関連JAHQスコアに差は認めなかったが、下位領域別では、気力に関わる下位領域でGH有り群でJAHQスコアが高かった。これまで、個々の患者で、GH補充により気力の改善がみられる例を経験することがあるが、これに合致する成績かと考える。
このGH有無で分類した比較では、性的関心に関わる領域には有意差は検出できなかった。GH補充の有無で、GH分泌不全群を分類したときの成績と違いがある理由については不明である。
このGH有無で分類した比較では、気力関連の下位領域でのみ有意差が検出でき、他の項目では検出できなかったが、GHDに対する慣れ、GH補充に対する慣れが生じていたことによる可能性がある。今回の検討には含めていないが、GH補充療法の前後で、約6ヶ月おいてJAHQスコアを比較し得た1症例がある。その例では、心理社会スコアは117から140に、症状関連スコアは97から141に上昇していた。もちろんプラセボ効果は否定できないが、比較的急激なGH変動に対しては症状等の変化を患者は認識しうるが、長期においては慣れが生じ、変化に対して認識し難くなっている可能性もある。今後、同一AGHD患者において、ダブルブラインドでGH投与を行ない、その前後でJAHQスコアを評価し、この点を明らかにする必要があろう。
まとめ
適切な量のGHが存在する集団では、気力に関わる下位領域のJAHQスコアが高値であった。はじめて、日本人においてGHの有無によるQOLの差異が認識できた。今後、大集団で詳細に解析されることにより、GHの有用性が明確になるものと考える。
2.重症成人成長ホルモン分泌不全症における代謝異常に関する検討栗本真紀子、福田いずみ、肥塚直美、高野加寿恵 (東京女子医科大学内分泌センター内科)
はじめに
成長ホルモン(GH)は成人期以降、蛋白、糖、脂質、骨などの代謝を調節するホルモンとして重要であり、成人成長ホルモン分泌不全症(adult GH deficiency; AGHD)では内臓脂肪型肥満、体内水分量や筋肉量の減少、骨塩量の低下、脂質代謝異常、耐糖能異常、活動性の低下、抑うつなどの所見を呈する。我々は重症AGHD耐糖能障害、高コレステロール血症、高中性脂肪血症、高血圧症の合併頻度を調査したところ、これらの合併を各々19、41、44、13%認めることを報告した1)。これらの合併症はメタボリックシンドローム(metabolic syndrome; MS)を構成する因子と類似しており、AGHDはMSと類似する病態を呈することが推察されている。
本研究では、我々は重症AGHDにみられた臨床所見をわが国で2005年4月に提唱されたMSの診断基準の各項目に照らし、重症AGHDに合併する代謝異常の特徴を検討した。
方法
当科へ定期的に通院している重症AGHD36症例(男/女;19/ 17)を対象とした。すべての症例は成人期に成長ホルモン分泌刺激試験を施行し、重症AGHDと診断した症例である。年齢は男性 21〜73歳、中央値36歳であり、女性18〜46歳、中央値37歳であった。IGF-Iの中央値は男性81ng/ml、女性58ng/mlであり、IGF-I SDSは男性-2.4(-6.25〜-0.38)SD、女性-4.96(-9.85〜-2.72)SDであった。すべての症例は成人期以降GHの補充を行っていない状態であった。@ウエスト周囲径、A血圧、B耐糖能、C脂質異常の各項目を調査し、MSの診断基準との適合率を調査した。
結果
36例におけるBMIは24.7(中央値)kg/m2であり、BMI 25kg/m2以上の肥満は男性7(37%)、女性10例(59%)に認めた。
MSの診断基準と照らし合わせて検討すると、@ウエスト周囲径はMSの診断基準の男性85cm以上は11/19例(58%)、女性90cm以上は2/17例(12%)で認められ、男性で診断基準を満たす症例が多く見られた(図1)。A高血圧は男性で2/19例(11%)にみられたが、女性では本項目を満たす症例はなかった(0/17(0%))。B早朝空腹時血糖が110mg/dl以上の症例は男女とも1例ずつに認められた(男/女;1/19(5%)、1/17(6%))。C脂質異常(中性脂肪150mg/dl以上 かつ/または、低HDLコレステロール血症40mg/dl未満)を満たした症例は男性16/19例(84%)、女性14/17例(82%)であった。ウエスト周囲径の増大に加えて2つ以上の代謝異常を有し、わが国のMSの診断基準に合致した症例は1/36例のみであった。
考察
1990年、Rosenらは下垂体機能低下症は生命予後が悪く、対象群と比較した死亡率が1.8倍と上昇することを報告した2)。この調査で対象となった下垂体機能低下症症例は、欠乏する下垂体ホルモンの中でGHの補充が行われていなかったため、GH欠乏が高い死亡率に関与していることが考えられた。また、GH-1遺伝子の欠損により生じたGH単独欠損症の家系における生命予後では、GHDの平均死亡率は健常人と比較し短命であり、主たる死因が心疾患、感染症疾患であったことが報告された3) 。生命予後調査で得られた結果はGH欠乏が成人期においても生体に深刻な影響を及ぼし生命予後にかかわることを示し、特に心血管疾患との関与が示唆された。
一方、1949年より始まった米国のFramingham Heart Studyにより心血管疾患の原因は単一因子ではなく内臓肥満、高血圧、糖代謝異常、脂質代謝障害などの複合因子によるという概念がもたらされた。わが国でもこれらのリスクファクターが蓄積する疾患を1994年松澤らが内臓脂肪症候群として定義し、2005年よりメタボリックシンドロームとして診断基準が策定された。
GHDは内臓肥満、糖代謝異常、脂質代謝障害を高率に合併しており、メタボリックシンドロームと類似した病態を呈することが推測されている。今回、重症AGHDに合併する因子をわが国で提唱されたMSの診断基準の各項目に照らして検証した。その結果、必須項目であるウエスト周囲径を満足した症例は男性で58%であったのに対し、女性は12%と性差を認めた。GHDで体組成の変化を検討したCuneo らはGHDでは体脂肪の増加を認め、男性の体脂肪は33.3%、女性は47.6%と報告しており4)、今回の検討とは相反する結果であった。この原因として日本人におけるウエスト周囲径の診断基準自体が再検討中であり、IDFの診断基準を今回の検討に用いるとウエスト周囲径を満足した症例は男性で42%であるのに対し、女性は76%と体脂肪増加の結果と類似していた。
今回の検討で重症AGHDのうち脂質異常を来たした症例は70%以上と高率に認められたが、血圧、血糖値についてはMSの診断基準に合致した症例は少なかった。以前の報告でもAGHDにおいて脂質代謝異常が代謝障害の中で最も合併率が高く、矛盾しない結果であった。メタボリックシンドロームでは血中アディポネクチン濃度が4.0μg/ml未満の低アディポネクチン血症症例が多く含まれている。一方、われわれの以前の検討ではAGHDでは血中アディポネクチン濃度は平均6.5±3.9μg/mlであり健常人と比較し、有意差はなかった5)。これらの結果より、AGHDではMSの診断基準を満たす症例は少なく、GH欠乏はMS様の病態を呈するもののGH自体の代謝調節作用に起因し、MSとは異なる代謝異常疾患であると考えられた。しかし、前述したようにわが国のMSの必須項目である腹囲の基準が再検討されており、今後多数の本例を用いた検討が必要である。
1. Itoh E, Hizuka N, Fukuda I, Takano K. Metabolic disorder in adult growth hormone deficiency: a study of 110 patients at a single institute in Japan. Endocr J 2006; 53: 539-545 2. Rosen T, Bengtsson BA. Premature mortality due to cardiovascular disease in hypopituitarism. Lancet 1990; 336: 285-288 3. Besson A, Salemi S, Gallati S, Jenal A, Horn R, Mullis SP, Mullis EP. Reduced Longevity in Untreated Patients with Isolated Growth Hormone Deficiency. J Clin Endocr Metab 2003; 88: 3664-3667 4. Cuneo RC, Salomon F, McGauley GA, Sonksen PH. The growth hormone deficiency syndrome in adults. Clin Endocrinol 1992 37; 387-397 5. Fukuda I, Hizuka N, Ishikawa Y, Itoh E, Yasumoto K, Murakami Y, Sata A, Tsukada J, Kurimoto M, Okubo Y, Takano K. Serum adiponectin levels in adult growth hormone deficiency and acromegaly. Growth Horm IGF Res 2004; 14: 449-454