指定課題研究報告
成長ホルモン及び IGF-I 測定の標準化に関する研究



成長ホルモン(GH) および関連因子の測定に関する研究
研究者



はじめに

 成長ホルモン(GH)と関連因子であるインスリン様成長因子-1(IGF-1)の測定はGH分泌異常症の診断と治療に必須であり、視床下部・下垂体機能の指標の一つとしても用いられる。IGF-1濃度は栄養状態の指標としても用いられる。疫学分野では認知機能や一部のがんの発症、心血管系疾患の発症にも関連することが報告されている。
 本年度は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「間脳下垂体機能障害に関する調査研究班」と協同して、多数例の日本人成人を対象として血中IGF-1濃度の基準値の再設定を行った1,2)のでここに報告する。


1.研究方法

 対象:日本人健常成人として、20歳から69歳まで各年代5歳刻みで男性50例、女性50例、および18-19歳、70歳以上の年齢で男性25例、女性25例を対象とした。除外基準として、1)BMIが17以下または30以上の者、2)来院時の採血にて、ALTが施設基準値の3倍以上、またはクレアチニンが2mg/dl以上、または空腹時血糖が116mg/dl以上の者、3)来院日の4週間以内に急性疾患に羅患した者、4)下垂体性疾患、甲状腺疾患を有する者、5)巨人症、末端肥大症、小人症等の疾患を有する者、6)糖尿病、肝疾患(特に肝硬変)、腎疾患、心疾患などの重篤な疾患を有する者、7)妊産婦及び授乳中の者、8)その他、試験責任医師または試験分担医師が不適当と判断した者、を取り上げた。被験者の募集、組み入れなどに関し株式会社綜合臨床薬理研究所に試験実施を依頼した。
 方法:被験者は来院時間直前の食事の摂取は禁止とし、最後の食事から検査終了までは水以外の飲み物の摂取を禁止した。医療機関へ来院後、問診、身長、体重、ウエスト周囲径を測定し、静脈血採血を行った。空腹時血糖値、ALT(GPT)、総コレステロール、クレアチニンを測定した。IGF-1の測定は、IGF-T(ソマトメジンC)IRMA「第一」(製造販売元:株式会社エスアールエル、株式会社テイエフビー販売)および一部検体はソマトメジンC・U「バイエル」(製造販売元:株式会社三菱化学ヤトロン、バイエルメディカル株式会社販売)を用いて一括して行った。両測定法ともIGF結合蛋白との再結合を阻止する試薬を含む希釈液で検体処理し無抽出による3)、またはIGF結合蛋白変性処理の抽出による4)IRMA法に基づいたビーズ固相法を利用している。いずれも総IGF-T濃度を測定し、測定の変動係数CVは約5-8%であった。
 統計処理:血中IGF-T濃度の測定値をヒストグラム表示し、正規化に必要なべき乗変換を検討した。性別年齢別の血中IGF-T濃度の基準範囲は、Box-Cox変換を使い現量値曲線のセンタイル値をもとめるLMS法5)を使用して、3次スプライン関数により平滑化曲線として求めた6)。LはBox-Cox変換係数λ(歪度)を、Mは中央値(median)を、Sは変動係数(CV: coefficient of variation)を表している。


2.結果

 被験者の総数は男性557例、女性563例の1120例であったが、血清クレアチニン値が1.8mg/dlであった1例と血清ALT値が100IU/Lを超えた1例を除外し、1118例を対象とした。年齢・性の区別をしない全例の血中IGF-1濃度の分布は正規分布せず、変換原点を24.077、べき乗を0.222としたBox-Cox変換により正規化が可能であった。
 成長曲線など年齢により変化する現量値曲線のセンタイル値を求める方法であるLMS法を利用して性別年齢別の基準範囲を求めた。最初に±2.81SDの範囲から外れる例を極端な離れ値として除外した。この結果、男性1例、女性7例が除外され、最終的な解析対象は男性554例、女性556例の合計1110例となった。図1には解析対象における血中IGF-1濃度の年齢別分布を示した。また表1に解析対象の年齢および性別分布と平均BMIを示した。
 男女別L,M,S平滑化曲線を図2に、18歳から83歳まで男女別年齢における血中IGF-1濃度の+2SD, +SD, median, -SD, -2SDに相当するセンタイル曲線を図3に示した。平均IGF-1濃度は20歳の男女でそれぞれ243ng/ml, 259ng/mlであり、女性で高値であった。IGF-1濃度は年齢と共に減少し70歳の男女ではそれぞれ124ng/ml, 101ng/mlとなった。35歳以上では男性の方が女性より高値であった。表2には1歳刻みの血中IGF-T濃度の男女別基準範囲を示した。
 100検体について、IGF-T(ソマトメジンC)IRMA「第一」およびソマトメジンC・U「バイエル」の両者で測定し、相関関係と両者の換算式について検討した。両者の相関係数はr=0.9864でソマトメジンC・U「バイエル」の方が、若干高値を示し、Deming回帰による線形関係式は(Daiichi)=18.03+0.822(Bayer)で表された。


3.考察

 今回、多数例の日本人の健常成人を対象として血中IGF-1濃度を測定し、年齢別・性別の基準範囲を設定した。10年前に設定した年齢別・性別基準範囲では、一部の年齢層で健常対象者の例数が少なく、かつ10歳刻みで統計処理したため、各年代で段差が生じ、結果の解釈に不都合であった。今回、解析に用いたLMS法3)は、成長曲線などの現量値曲線のセンタイル値を求める場合に使用され、年齢ごとの測定値の分布が一律に正規化できない場合にその威力を発揮する。各年齢において設定されたL,M,Sの値を用いて、SDスコア(Zスコア)が Z=〔(測定値/M)L−1〕/(L×S) に従い計算可能である。
 年齢により変動するIGF-1の基準値の設定には、年齢関数を用いる方法7)も報告されている。この場合小児期を含めた全年齢のデータが必要となる。ドイツにおける多施設共同研究で自動測定機によるNichols Advantageを用いたIGF-1基準範囲を設定した成績7)との比較では、平均値はほぼ同様であるが基準範囲は狭かった。日本人健常者で10年前に設定した基準値8)と比較しても、今回の平均値は女性例でほとんど変化ないが、男性例では若干高値であった。基準範囲は比較的狭く、-2SD値が100ng/mlを下回るのは、男女とも35歳以上であった。成人領域におけるGH分泌不全症の診断補助により有用である可能性がある。
 今回の健常対象者は関東都市部の住民であるが、BMIの分布から推察すると全国調査と差異がみられなかった。近畿圏の健診センターにおける血中IGF-1濃度の検討結果(古賀ら9))との比較ではほぼ一致した結果が得られた。したがって、今回設定した基準範囲を日本人成人の基準値として大きな問題はないと考えられる。


4.結論

 日本人成人におけるインスリン様成長因子-1(IGF-1)の年齢別性別基準値を設定するため、28歳から83歳までの総数1110例を対象にIGF-1 測定キットを用いて血中IGF-1を測定した。LMS法および3次スプライン関数による平滑化曲線から血中IGF-1濃度の基準範囲を求め、男女別1歳刻みでSDスコア(Zスコア)表示が可能となった。


 本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業間脳下垂体機能障害に関する調査研究班および財団法人成長科学協会の支援を得て実施された。


参考文献

1) 島津 章,千原和夫,肥塚直美,寺本明,田中敏章,巽圭太,立花克彦,勝又規行,横谷進,藤枝憲二:日本人成人の血中インスリン様成長因子-1濃度の基準範囲設定に関する研究.厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 「間脳下垂体機能障害に関する調査研究」 平成18年度総括・分担研究報告書(主任研究者 千原和夫),pp.39-43および追補,2007年3月 
2) 島津 章,千原和夫,肥塚直美,寺本 明,田中敏章,巽 圭太,立花克彦,勝又規行,横谷 進,藤枝憲二:日本人成人における血中インスリン様成長因子-T濃度の基準範囲について.特集「GH/IGF 最近の進歩」,ホルモンと臨床 55(4): 393-399, 2007年4月 
3) 高須重人, 土屋ますみ, 森 一峰,他: 血中IGF-TおよびIGF-Uの無抽出IRMA系の開発と基礎検討。ホルモンと臨床 44(4): 383-391, 1996 
4) 高田真人,他: 新規前処理法を用いるIGF-T IRMAの性能検討。医学と薬学 41(4):761-764, 1999 
5) Cole TJ, Green PJ: Smoothing reference centile curves: The LMS method and penalized likelihood. Stat Med 11: 1305-1319, 1992 
6) Cole TJ, Pan H: A program calculating age-related reference centiles using the LMS method. lmsChartMaker Pro version 2.3. Medical Research Council, UK. 25 September 2006 
7) Brabant G, von zur Muhlen A, Wuster C, et al.: Serum insulin-like growth factor 1 reference values for an automated chemiluminescence immunoassay system: results from a multicenter study. Hormone Research 60: 53-60, 2003 
8) 島津 章,藤枝憲二,羽二生邦彦,他: IRMAキットを用いたIGF-T,IGF-U,IGFBP-3測定の臨床的検討,第1報 成人期における検討,ホルモンと臨床,44: 1129-1138,1996 
9) Kasayama S, Morita S, Otsuki M, et al.: Independent association of insulin-like growth factor-T with dehydroepiandrosterone sulfate in women in middle adulthood. Clin Endocrinol, 66(6):797-802. 2007 



図1. 血中IGF-I 濃度の年齢別分布

表1. 最終解析対象の年齢および性別分布と平均BMI

図2. 日本人成人における血中IGF-I濃度の男女別 LMS 平滑化曲線

図3. 血中 IGF-I 濃度のセンタイル曲線

表2. 1歳刻みの血中 IGF-I 濃度の男女別基準範囲



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