指定課題研究報告
成人成長ホルモン欠乏症患者の転帰及び診断・治療に関する研究



健常高齢者および軽症疾患罹患高齢者におけるGH分泌良好群とGH分泌不良群の比較検討
  置村康彦(神戸大学医学部保健学科医療基礎学)
 千原和夫(神戸大学大学院医学系研究科応用分子医学講座
 内分泌代謝・神経・腫瘍血液内科学教室)




はじめに

 GH分泌は加齢とともに低下するので、明らかな視床下部下垂体の噐質的疾患が無いにもかかわらずGH分泌不全症となっている方々が高齢者の中に潜在する可能性も考えられる。そこで、今回、62歳以上の健常高齢者、および軽症高血圧、糖尿病等で治療をうけているが他に大きな異常所見のない患者(軽症疾患罹患高齢者)に対してGH分泌刺激試験を行ない、GH反応を検討した。また、血中IGF-I値を測定し、GH分泌反応と比較した。またGH分泌反応良好群と不良群に分類し、生化学検査、血中グレリン、アディポネクチン値を比較検討した。


方法

 62歳から91歳までの健常高齢者(34名、男性15名、女性19名)、および軽症高血圧、糖尿病、高脂血症等で治療をうけているが他に大きな異常所見のない患者(軽症疾患罹患高齢者27名、男性10名、女性17名)に対し本研究の目的を十分に説明し同意を得たうえで、GH分泌刺激試験を行なった。被験者の平均年齢は71歳、BMIは23.4±3.4であった。被験者は朝食をとらずに、異なった日の午前中に、アルギニン試験(アルギニンを30g、30分かけて静脈内投与)、およびL-ドーパ試験(L-ドーパ0.5mgを経口投与)をうけた。薬剤の投与前、投与後15、30、45、60、90、120分の時点で採血、血漿を分離、凍結保存した。その後、血漿GH値をIEMAで測定し、各被験者のGH分泌能を検討した。なお、本測定系はリコンビナントヒトGHを標準物質として使用していなかったので、現行の測定系にあわせるため測定値に0.6 を乗じ補正した。GH分泌刺激前に採取した血漿を使用して、IGF-I、血漿総蛋白、アルブミン、AST、ALT、Cr、TG、総コレステロール、アディポネクチン(大塚製薬 ヒトアディポネクチンELISA kit)、総グレリン(三菱化学ヤトロンDesacyl-ghrelin ELISA kit)を測定した。
 なお、本研究は神戸大学医学部附属病院医薬品及び医療用具の臨床研究審査委員会の許可を得て行なったものである。


結果

 アルギニン試験 (被験者数61名) において、平均血漿GH頂値は 4.9±4.3 (mean±SD) ng/mlであり、1.8 ng/ml以下であったものは13名 (21%) であった。L-ドーパ試験 (被験者55名) において、平均血漿GH頂値は3.5±3.6 ng/mlであり、1.8 ng/ml以下であったものは21名 (38%)であった。両試験を受けた55名中、血漿GH頂値が1.8ng/ml以下であったものは9名 (16%) であった。アルギニン試験におけるGH頂値と、L-ドーパ試験におけるGH頂値の間には、相関係数0.49 (危険率p<0.05)の有意な相関がみられた。
 IGF-I値は120.9 ± 32.4 ng/mlで、本年改訂された日本人血中IGF-I濃度基準範囲から判断すると1名が-2SDを下回ったのみであった1)。なお、この-2SDを下回った被験者のGH頂値は、アルギニン試験、L-ドーパ試験のいずれにおいても1.8 ng/ml以上であった。IGF-I値とアルギニン試験のGH頂値、L-ドーパ試験におけるGH頂値の間には、それぞれ明確な相関はみられなかった。BMI、グレリン値とGH頂値の間にも相関はみられなかった。
 GH頂値がアルギニン試験、およびL-ドーパ試験とも1.8 ng/ml 以下のGH分泌不良群(9名)とそれ以外の良好群 (46名)に分類し、両群で、年齢、BMI、IGF-I、血漿総蛋白、アルブミン、AST、ALT、Cr、TG、総コレステロール、アディポネクチン、総グレリン値を比較したが、いずれにおいても有意差はみられなかった(図1)。


考察

 間脳下垂体機能障害調査研究班によって作成された成人GH分泌不全症の診断の手引きによれば、成人GH分泌不全症の診断は、GH分泌不全によると考えられる症状、所見の存在とGH分泌刺激試験におけるGH頂値の低値の2点から診断することになっている2)。GH分泌刺激試験として、インスリン低血糖刺激試験(ITT)、アルギニン試験、L-ドーパ試験、グルカゴン試験が用いられ、いずれか2つのGH分泌刺激試験において、刺激前および刺激後120分にわたり、30分ごとに測定した血清GHの頂値が3/ml以下であることを判定基準の1つとしている。さらに、GH頂値が1.8 ng/ml以下である時、重症GH分泌不全としている。
 今回、61名の健常高齢者および軽症疾患罹患高齢者に対し、GH分泌刺激試験をおこなったところ、アルギニン試験およびL-ドーパ試験に参加した55名のうち、両試験ともGH頂値が1.8 ng/ml 以下であったものは9名(16%)で、予想以上に多いものであった。
 アルギニン試験におけるGH頂値と、L-ドーパ試験におけるGH頂値には、有意な正の相関が認められたが、それぞれのGH頂値と、IGF-I値の間には相関は認められなかった。IGF-I値は、GH分泌不全の適切な指標にはなりがたいことがすでに報告されているが3)、本研究においてもそれと合致する成績であった。また、種々の血液生化学成績でも、GH分泌良好群と不良群間に有意差はみられなかった。また、身体所見でも両群間に目立った違いは確認できなかった。
 今回、自覚症状を評価する簡単アンケート調査を併せて行ったが、GH分泌良好群に比べ、GH分泌不良群で集中力の低下、筋力の低下を訴える者が多かった。成人GH分泌不全症でしばしば認められるQOLの低下がこの群でも存在するのか明らかにする必要がある。本年、成人下垂体機能低下症QOL尺度(JAHQ)が完成した4)。成人GH分泌不全症に関してもその有用性が示唆されているので、GH分泌良好群と不良群との間に差異が検出できるのか興味のあるところである。
 しかし、集中力の低下、筋力の低下を訴える者は多いというものの、今回の被験者は通常の日常生活を営んでいる高齢者であり、この集団で、アルギニン試験、L-ドーパ試験、両試験ともGH頂値が1.8 ng/ml 以下であったものが16%存在したということは、GHカットオフ値設定が適切でない可能性もある。今後考慮が必要であろう。


文献

1)  島津章、他 日本人成人の血中インスリン様成長因子-1濃度の基準範囲設定に関する研究 間脳下垂体機能障害調査研究班 平成18年度総括・分担研究報告書、pp39-43, 2007          
2)  成人成長ホルモン分泌不全症の診断と治療の手引(平成17年度改訂) 間脳下垂体機能障害調査研究班 平成17年度総括・分担研究報告書、pp121-123, 2006          
3)  Diagnostic reliability of a single IGF-I measurement in 237 adults with total anterior hypopituitarism and severe GH deficiency.
Aimaretti G, Corneli G, Baldelli R, Di Somma C, Gasco V, Durante C, Ausiello L, Rovere S, Grottoli S, Tamburrano G, Ghigo E.
Clin Endocrinol (Oxf). 2003 59:56-61.         
 
4)  石井均、他 JAHQ(成人下垂体機能低下症QOL尺度)開発プロジェクト間脳下垂体機能障害調査研究班 平成18年度分担研究報告書・追補、pp1-12, 2007          



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