指定課題研究報告
低身長児および軽度発達障害児の親子相互関係に関する研究
主任研究者 柿沼美紀 (日本獣医畜産大学) 高橋桃子 (小田原女子短期大学) 上村佳世子 (文京学院大学) 宮尾益知 (国立成育医療センター) 廣中直行 (科学技術振興機構) 上林靖子 (中央大学) 丹羽洋子 (育児文化研究所) 長田久雄 (桜美林大学大学院) 小林 登 ((財)中山科学振興財団)
はじめに
成長科学協会心の発達研究委員会の委員を中心に平成14年度、15年度に小児科外来を医療的理由で訪れる幼児期から学童期の低身長児及び軽度発達障害児の社会認知の発達に関する調査を行った。その結果、6歳児の8割以上が通過する社会認知発達検査の通過に遅れがみられた。低身長児の中にも対人認知の発達に遅れが見られるケースが多いことが判明した(長田他 2003、柿沼他2004)。しかし、低身長児の場合それ以前に社会的認知発達の遅れを指摘された者はなく、保護者もそういった認識を持っていなかった。また、そのような指摘に対して、子どもの社会性の伸ばし方が分からないという訴えが見られた。言語の遅れを伴う低身長児の中に対人関係に問題を持つ事例が含まれることも報告されており(沖他 2003)、低身長児の社会的認知発達の遅れに対して何らかの対策が必要なことがうかがえた。
成長障害のある子どもたちには、低身長による二次的な問題として様々な心の問題が生じるが、これまでの調査でみられたような幼児期、学童期前半の対人認知の遅れが見過ごされたままでいると、親子関係や集団生活に負担を与えるなど、さまざまな二次的問題の発生が考えられる。
そこで筆者らは対人認知に遅れの見られる子どもを対象に「心の発達を支援するキット(マニュアル・絵本・玩具)」などの開発や、HPや、相談システムの構築を計画した。その第一段階として、平成16年度に小児科などを通じて配布するコミュニケーションペーパーを作成した(柿沼他2005)。一般の保護者向けの体裁をとるが、ターゲットとして、社会的認知発達に遅れがある可能性の子どもとその保護者に定めた。
本年度は第二段階として「心の発達を支援するキット」を作成し 小児科、発達センターを訪れる社会的認知発達に遅れの見られる子どもを対象に評価してもらった。コントロールとして保育所と幼稚園で評価してもらった。 キットの内容は平成14年度、15年度の調査で心の理論検査と併せて行った行動観察用の玩具と絵本などである。社会的認知発達に遅れの見られる子どもはおままごとやごっこ遊びなど人との関わりが必要な遊びの発展が乏しい。このキットはそのような子どもでも大人との関わりを持ちやすくする玩具や絵本を中心に構成されている。これまでの調査では子どもの発達を把握するのに便利であった。また親に子どもの様子を理解してもらい、家庭での遊び方を提示するのに便利であった。以下にキット内容に関連する心理学的背景について簡単にまとめる。
ヒトは他の動物に比べ未熟に生まれ、また長い養育期間を必要とする。その時期に養育者との相互作用を通して多くのことを学ぶ。言葉の学習でいえば、乳児は養育者や周囲の大人との関わりから、必要な言語を獲得する。どのような言語を獲得するかは、周囲との関わりによって異なるが、関わりを通して言語を獲得するという基本的な部分は人が種として備えているメカニズムによる。
社会性の発達
同様に子どもは周囲の大人とのやり取りの中で、相手の意図を理解し、それを共有し、遊びとして成立させるようになる。積み木を高くつみあげるなど、二人で協力して行う遊びが可能になるのもその例である(Tomasello et al 2004)。こういった能力は1歳過ぎから発達するが、人が社会の一員として生活するには不可欠なものである。養育者との相互作用は社会的学習の重要な資源となっている(Goldstein et al, 2006) 。子どもは大人との関わりを通して共同作業や協力関係を維持する能力を発達させる。
共同作業の発達に伴い、子どもは大人の注意を参考に情報を収集するようになる。1歳を過ぎると徐々に相手にとって何が新しい情報であるか、あるいは重要な情報であるかを理解するようになる(Tomaseelo & Haberl, 2003)。また、相手が何かを伝えようとしていること、またなぜ伝えようとするかも分かるようになる(Behne et al, 2005)。
2歳を過ぎるとおままごとなどのふり遊びが見られる。2歳の段階では、まだなんとなく大人のまねをしながら遊ぶ傾向があるが、3歳をすぎると、相手が何をイメージして遊んでいるかが分かる様になる(Ganea 2004, kakinuma2006)。誰かとふり遊びをする場合、相手が何を考えているか、目の前にあるものを何に見立てているかといった共通理解が前提となっている。つまり、相手の意図が存在することの理解と、状況から意図の内容を推測することである。社会的認知発達に遅れが見られる場合、ふり遊びが始まる年齢が遅く、その内容も年齢より幼い場合が多い。
共同作業、ふり遊びなどを経て他者の欲求や意図など、心的な部分の理解ができるようになる。心の理論(theory of mind, TOM)とは、子どもの中にあるそういった事象に関する理論的な枠組みを指す。健常児の場合、4歳前後にこのような考え方ができるようになる。集団の中で人の立場を理解し、それにあわせて自分の行動を調整するのに必要になってくる。心の理論の発達が遅れると集団生活で不適応を起こす可能性がでてくる。
対象:小児科、発達センターを訪れる社会的認知発達に遅れの見られる子ども29名(男6名、女23名)。コントロールとして保育所・幼稚園児13名(男3名、女10名)。キットと調査用紙を20箇所に送付、14箇所より回収(合計50名)回収。回収率70%。小児科医、心理士など子どもと対応したものが調査用紙に記入。今回はそのうち健常児13名と広汎性発達障害児29名を対象にした。
方法
キット内容:人形(ぽぽちゃん)1体、ままごとセット、絵本数冊(図1、2,3参照)、遊び方を説明した啓蒙用パンフレット(図4)
調査用紙:人形、ままごとセット、絵本に対する子どもの反応等に関する項目
「おもちゃによって子どもの発話が促進されたか」「おもちゃを媒介してより他者と関わろうとしたか」という問に対する反応をおもちゃ別に集計した。χ二乗検定の結果、キットのおもちゃによって発話、関わりが促進された(χ2(1)=16.79, p<.01)。健常児の場合は人形、ままごと、絵本による関わりの促進に差は見られなかった。広汎性発達障害児の場合も、おもちゃによって発話、関わりが促進された(χ2(1)=6.33, p<.01)が、健常児ほど顕著ではなかった。おもちゃ別では絵本よりもままごとを媒介した時の反応が良かった(χ2(1)=4.39, p<.05)。健常児と広汎性発達障害児とで、発話、関わりが促進されたおもちゃを比較すると、いずれのおもちゃでも有意差が見られた。特にその差は人形(χ2(1)=10.63, p<.01)、絵本(χ2(1)=8.91, p<.01)で大きくかったが、ままごとでも差はあった(χ2(1)=4.13, p<.05)。
結果
自由記述では、広汎性発達障害児が、関心を示さなかった、反応は無かったというものから、大人の関わり、声かけには反応した、さらには、これまで見られなかった発話、反応が見られたというものまで、さまざまであった。
回収されたデータの中に低身長児が含まれていなかったため、健常児と広汎性発達障害児を比較した。健常児の場合、キットのおもちゃはどれを媒介しても活発に発話、関わりを持つことがうかがえる。広汎性発達障害児の場合も関わりは促進されているが、絵本を介しての関わりは、比較的難しかったようである。遊びの質としては、人形を用いた場合に特に違いが大きい。いずれにしても健常児に比べおもちゃを媒介しても社会的相互作用が活発ではないことが伺える。
考察
しかし、障害児群においても、関わりが促進されていることから、子どもとの相互作用を促す媒介としておままごとは有効である。子どもの関心が向かないと、保護者もおままごとを用いて子どもと関わるきっかけをつかみにくく、継続して関わる意欲も低下するのではないだろうか。しかし、関わり方次第で子どもの発話や大人との関わりをのばすことができるで、その重要性を伝える必要がある。
健常児の場合は、特段周囲が配慮しなくても、ごく自然に遊びが展開し、発話、関わりが促進される中で社会性の発達につながるが、障害児の場合にはそれが難しい。社会性の発達を促すことは、家庭内での相互作用のみならず、集団生活における二次的な問題の軽減においても重要である。子どもの反応が低い場合、保護者が子どもの反応に合わせて関わりを試みる場合もあるが、子どものペースにあわせてしまうだけでは、社会性の発達を促進する機会がさらに減少してしまう。従って早期に介入し、保護者が子どもの社会性を促すような相互作用のある関わりを行う必要がある。
今回の結果はあくまでもパイロットスタディとしてのものである。残念ながら低身長児に関するデータは得られなかった。果たしてこの結果が低身長児の場合どう適用できるか不明である。しかし低身長児が社会性の遅れを示すことから、何らかの介入が求められる。健常児においてもキットのおもちゃは相互作用に有効なので、低身長児に用いることは有効だと考える。今後は対象を広げ、より詳細な調査を通してキットの有効性を検討し、その活用方法を提示していく必要がある。
引用文献
Behne, T., M. Carpenter, et al. 2005. "One-year-olds comprehend the
communicative intentions behind gestures in a hiding game." Developmental Science 8(6): 492-499.Ganea, P., A. Lillard, et al. 2004. "Preschooler's understanding of the role of
mental states and action in pretense." Cognition and Development 5: 213-238.Goldstein, M. H., King, A. P., & West, M. J. 2003. Social interaction shapes
babbling: Testing parallels between birdsong and speech. Proceedings of
the National Academy of Sciences, 100(13), 8030 - 8035.Kakinuma, M. 2006. Toddler's understanding of others' intentions during
pretese:how it shifts from folloing the action to actively sharing make-belief
objects. Proceedings of the International Conference on Development and
Learning.柿沼美紀、上村佳世子、高橋桃子他 2004.低身長児及び軽度発達障害児の親子関係に
関する研究 成長科学協会研究年報 57-66.柿沼美紀、宮尾益知、紺野道子 2003.心の理論の発達に関する基礎的研究 成長科学協会
研究年報 79-82.沖潤一、白井勝他.2003. 低身長児の対人認知とQOLに関する研究 成長科学協会研究年報
67-78.長田久雄、柿沼美紀、紺野道子、宮尾益知 2002. 「心の理論」の発達に関する基礎的研究
成長科学協会研究年報93-100.Tomasello, M., M. Carpenter, et al. 2004. "Understanding and sharing intentions:
The origins of cultural cognition." Behavioral and Brain Sciences.Tomasello, M. and K. Haberl 2003. "Understanding attention: 12- and
18-month-olds know what is new for other persons." developmental
psychology 39: 906-912.
図1 人形
図2 おままごとセット
図3 絵本とコミュニケーションペーパー
図4 こころん 2号