指定課題研究報告
成人成長ホルモン欠乏症患者の転帰及び診断、治療に関する研究



培養ヒトマクロファージのサイトカイン産生に及ぼすGHの影響
加治秀介(兵庫県立大学生体機能学)
宮村真由子(兵庫県立大学生体機能学)
深野智華(兵庫県立大学生体機能学)




目的

 成人下垂体機能低下症では心血管死が増加すること、内臓肥満や高脂血症などの血管リスクが高まることが報告されている(1-3)。我が国の疫学調査でもその傾向はみられ(4-7)、また成人GH分泌不全症(GHD)では脈波速度の増加傾向や、特に小児発症で頚動脈の内膜・中膜複合厚(IMT)が増加することを報告してきた(8)。しかし下垂体機能低下症では多くの原因があり、治療も外科手術、放射線、薬物療法と多岐にわたる。また多数の組み合わせのホルモン欠乏があり、補充のパターンも必ずしも一定ではない。実際に成人下垂体機能低下症における血管死や、そのリスクの増加に非補充のGHDの関与が要因のひとつとして推定されるが、疫学調査の多変量解析では必ずしも明らかではない(3,6)。一方成人GHDにおけるGHの補充はIMT厚の減少が報告され、またメタアナリシス(9,10)でも体脂肪の減少、血中LDLコレステロールの低下、心機能の改善が報告されている。そこで内臓肥満や動脈硬化に重要な役割を果たすとされるマクロファージのサイトカイン発現を抗体アレイによって検出し、GHの影響について検討した。


方法


細胞培養
 ヒト末梢血単球由来細胞THP-1(ヒューマンサイエンス振興財団、Osaka, Japan)を5%牛胎児血清を含むRPMI1640メディウム(Gibco invitrogen cell culture, Tokyo, Japan)で5%CO2、95%air、37℃の条件下で培養した。10ng/mlのphorbol myristate acetate (PMA)(Wako, Osaka, Japan)を添加し、1〜2週間、十分にマクロファージに分化したことを確認した。その後24時間にわたってメディウムを0、 5、50、500pMのリコンビナントヒトGH(Wako,Osaka, Japan)を添加した無血清RPMI1640培地に変更して細胞を採取した。

抗体アレイ
 20種類のサイトカインないし関連因子群の抗体がスポットされたhuman athero- sclerosis antibody array 1.1 (RayBiotech,Inc.USA)により細胞が産生する因子群を検出した。培養細胞を溶解し、バッファーで10倍希釈の後、抗体アレイメンブレインと2時間反応させ、指定の洗浄バッファーで5回洗浄した。biotin-conjugated anti-cytokineを加えたブロッキングバッファーと2時間反応させた。洗浄を5回繰り返し、HRP-conjugated streptavidinを加えたブロッキングバッファーと1時間反応させた。さらに洗浄を5回行った後、高感度のECL検出試薬(ECL plus western blotting detection reagents, Amersham Pharmacia Biotech, UK)と1分間反応させ、ECLミニカメラ(Amersham Pharmacia Biotech, UK)により30〜60秒の露光時間でポラロイドフィルム(Polaroid 667, ISO300/DIN36, Mexico)に撮影した。

結果の解析
 撮影した写真をスキャナーで取り込み、画像解析ソフト(NIH image, USA)で各スポットの密度を計測した。 各スポットの密度からnegative controlの密度の平均値(n=2)を引いた値(A)、positive controlの密度の平均値(n=6)からnegative controlの密度の平均値を引いた値(B)を求め、A/B(%)で相対レベルを算出した。各スポットはduplicateであり、その平均値で表した。実験は数回繰り返し、代表的な結果を示した。各因子の産生に対するGHの影響はGH添加群の結果を対照であるGH非添加群の結果で除し、変化倍率として表した。


結果

 Fig.1にはTHP-1にPMAを添加し、分化させたマクロファージを24時間無血清培地RPMI 1640で培養した細胞中に含まれる20種類の動脈硬化関連因子の発現プロフィールを示した。Table 1の左欄には各々のスポットがどの因子であるかを、また各因子の発現量をpositive controlとの相対比で表した。発現が比較的高かったのはRANTES(regulated upon activation, normal T cell expressed and secreted)92%、TGF-β2 ( transforming growth factor-β2 )74%, TGF-β3 64%の順であった。Table 1 の右欄には5〜500pMのリコンビナントヒトGH添加の影響を示した。特にMCP-1(monocyte chemoattractant protein-1)、IL-1β(interleukin-1β)、PDGF-BB(platelet derived growth factor-BB)で顕著な低下が見られた。TGF-β1も軽度の低下傾向が見られた。最小有効濃度はさらに検討を要するが、少なくとも5pMの低濃度で最大に近い変化が見られた。顕著な変化がみられなかったのはeotaxin、G-CSF(granulocyte-colony stimulating factor)、GDNF (glia derived neurotrophic factor)、GM-CSF (granulocyte macrophage-colony stimulating factor)、ICAM-1 (intercellular adhesion molecule-1)、IL-1sRI (interleukin-1 soluble receptor I)、IL-2sRII、IFN-γ(interferon-γ)、IL-1α、M-CSF、MIP-3α(macrophage inflammatory protein-3α)、RANTES、TGF-β2、3、TNF-α(tumor necrosis factor-α)、TNF-βであった。


考察

 今回用いたマクロファージはヒト単球由来細胞THP-1をPMAにより分化させた。細胞の形態はマクロファージ様に変化するとともに、産生されるサイトカイン、ケモカイン(走化因子)、増殖因子、接着因子の発現プロフィールも変化した。 たとえばTHP-1で発現が比較的多いICAM-1やGDNF、GM-CSFは減少傾向があり、RANTES、TGFβ-2, -3などは増加傾向があった。RANTESはケモカインレセプターの一種CCR5で高コレステロール血症での炎症反応に関与し、白血球侵入、マクロファージ遊走、増殖を促進する。
 動脈硬化は脂質や酸化ストレスなどの代謝因子とシアストレス(ずり応力)などの物理的因子によって受けた血管内皮障害に対する修復機転としての炎症が主要な病態と捉えられるようになってきた(11)。なかでも血球成分の単球から分化し、血管内皮下に侵入したマクロファージは酸化LDLを貪食して泡沫化される。さらに骨髄幹細胞などに由来し、分化、増殖、遊走した血管平滑筋細胞(12)も血管内皮細胞とともに種々のサイトカイン、ケモカイン、増殖因子、接着因子を産生、放出する。この結果、炎症反応の増強やプラーク形成がおこり、その不安定化によるプラーク破綻から血栓が形成され、急性冠症候群に至る(13)。そこで動脈硬化の初期病態に重要な役割を果たすマクロファージの培養細胞を用いて、動脈硬化因子群の変化を検討した。GHの添加は生理的濃度の50pMはもとより5pMの低濃度からMCP-1、IL-1β、PDGF-BBの発現を顕著に抑制した。MCP-1はケモカインレセプターのひとつ CCR2のリガンド(CCL2)で、マクロファージ遊走、増殖を促進し、血管内皮細胞ではインテグリンに属する接着分子Mac-1を活性化する。この結果、血管内皮細胞のカウンターレセプターであるVCAM-1, ICAM-1との間の強固な結合を形成することが知られている。また酸化LDLにより発現が促進され、活性酸素の産生を増加させる。シアストレスでも発現が増強し、白血球侵入に寄与することが知られている。多くの催動脈硬化的な作用をもつMCP-1のマクロファージでの発現が低濃度GHにより抑制されたことは成人GHDで動脈硬化が促進され、GH補充が抗動脈硬化的に働く臨床的な知見(9,10)に呼応するものであった。 またIL-1βも低濃度GHにより抑制された。IL-1βは酸化LDLにより発現が促進され、IL-1β欠損マウスとApoE欠損マウスを掛け合わせると、VCAM-1やMCP-1の発現が減少し、動脈硬化も30%抑制されたことが報告されている(14)。 IL-1αも酸化LDLにより発現が促進され、細胞外マトリックス分解酵素MMP (matrix metaloprotease)を産生、泡沫細胞形成、フィブリン栓の形成に促進的に働くとされるが、GHによる抑制は顕著ではなかった。PDGF-BBは酸化LDLや活性酸素により発現が促進され、未分化間葉細胞から周皮細胞への分化、胚性幹細胞からの平滑筋型αアクチン陽性細胞への分化、白血球侵入、内皮透過性亢進、フィブリン栓の形成などにも関与する。低濃度GHがPDGF-BBを顕著に抑制したことは、同様にGH が抗動脈硬化的に作用する可能性を支持するものであった。しかし低濃度GH の抗動脈硬化作用の機序には他の多くの催動脈硬化因子ではなく、一部が関わる可能性が示唆された。
 マクロファージは動脈硬化の進展のみならず最近は内臓肥満を主とするメタボリックシンドロームの病態においても脂肪細胞と共同して重要な役割があることがわかってきた。内臓脂肪組織は種々のサイトカイン(アディポサイトカイン)を分泌するが、その一部は脂肪細胞ではなく周囲に浸潤したマクロファージに由来し、それが肥満やインスリン抵抗性に重要であることが報告された(15, 16)。また最近MCP-1(CCL2)の受容体であるCCR2のノックアウトマウスで、高脂肪食による肥満が起こらず、脂肪組織のマクロファージや炎症反応が減少するとともに、アディポネクチン産生が増加し、インスリン感受性の改善がみられたことが報告されている(17)。今回GHがマクロファージMCP-1発現を顕著に減少させたことはGHDにおける内臓肥満や、GH補充による内臓肥満の減少を支持する結果と考えられた。 一方インスリン抵抗性を引き起こすTNF-αも最近脂肪細胞そのものではなく、主に脂肪細胞が誘導するマクロファージに由来する可能性が報告されている。今回の検討ではGHは低濃度ではTNF-αの産生を軽度に増加させる傾向はあったが、生理的な濃度や高濃度では明らかな変化ではなかった。成人GHDで少量のGHを補充すると内臓脂肪が減少するにも関わらず、メタアナリシスではインスリン感受性がやや低下することが報告されているが、本実験からはこの原因としてマクロファージTNF-α発現増加が関与する可能性は低いと考えられた。
 今回使用したマクロファージはTHP-1細胞から薬剤で分化させた細胞であること、他の細胞との相互作用をみるco-cultureではないこと、無血清培地はGHのみならず他に多くの因子を欠いていることから、GHDの正確なin vitroモデルとはいえないが、低濃度GHが内臓肥満や動脈硬化に促進的に働くマクロファージのサイトカイン群の一部、特にMCP-1などに抑制的に働くことは、GHDで内臓肥満や動脈硬化が起こりやすい機構を考える上で示唆的である。GHは局所でのIGF-I産生を介してパラクリン的に作用する場合もあり、IGF-Iの直接的影響や、IGF-1作用を中和抗体でブロックした条件下でのGHの影響についても検討中である。


謝辞  

 本研究の一部は成長科学協会研究助成金による。


参考文献

1.  Bengtsson AB Premature mortality due to cardiovasscular disease in hypo- pituitarism. Lancet. 1990 336 285-288          
2.  Bulow B, Hagmar L, Eskilsson J, Erfurth EM Hypopituitary females have a high incidence of cardiovascular morbidity and an increased prevalence of cardio- vascular risk factors. Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 2000 85 574-584          
3.  Tomlinson JW, Holden N, Hills RK, Wheatley K, Clayton RN, Bates AS, Sheppard MC et al. Association between premature mortality and hypopituitarism. Lancet 2001 357 425-431          
4.  Kaji H, Sakurai T, Iguchi G, Murata , Kishimoto M, Yoshioka S et al. Adult growth hormone deficiency in Japan : results of investigation by questionnaire. Endocrine Journal 2002 49 597-604          
5.  Irie M, Itoh Y, Miyashita Y, Tsushima T, Shirai K Complications in adults with growth hormone deficiency −A survey in Japan− Endocrine Journal 2004 51 479-485          
6.  Murakami Y, Kato Y Hypercholesterolemia and obesity in adult patients with hypopituitarism: a report of a nation-wide survey in Japan. Endocrine Journal 2003 50 759-765          
7.  Kaji H , Chihara K Direct causes of death in Japanese patients with hypopituitarism as analyzed from a nation-wide autopsy database. European Journal of Endocrinology 2004 150 1-5          
8.  Murata M, Kaji H, Mizuno I, Sakurai T, Iida K, Okimura Y et al. A study of carotid intima-media thickness in GH-deficient Japanese adults during onset among adults and children. European Journal of Endocrinology 2003 148 333-338          
9.  Maison P. Griffin S, Nicoue-Beglah M, Haddad N, Balkau B, Chanson P Impact of growth hormone (GH) treatment on cardiovascular risk factors in GH-deficine adults: A metaanalysis of blinded, randomized, placebo-controlled trials. Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 2004 89 2192-2199          
10.  Maison P, Chanson P Cardiac effects of growth hormone (GH) in adults with GH-deficiency. A meta-analysis. Circulation 2003 108 2648-2652          
11.  Ross R Atherosclerosis−an inflammatory disease. New England Journal of Medicine 1999 340 115-126          
12.  Sata M、Saiura A, Kunisato A, Tojo A, Okada S, Tokuhisa T et al. Hematopoietic stem cells differentiate into vascular cells that participate in the pathogenesis of atherosclerosis. Nature Medicine 2003 8 403-409          
13.  Fuster V, Badimon L, Badimon JJ, Chesebro JH The pathogenesis of coronary artery disease and the acute coronary syndromes. New England Journal of Medicine 1992 326 310-318          
14.  Kirii H, Niwa T, Yamada Y, Wada H, Sato K, Iwakura Y et al. Lack of interleukin-1 βdecreases the severity of atherosclerosis in apoE-deficient mice. Atherosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology 2003 23 656-660          
15.  Weisberg SP, McCann D, Desai M, Rosenbaum M, Leibel R, Ferrante AW Obesity is associated with macrophage accumulation in adipose tissue. Journal of Clinical Investigation 2003 112 1796-1808          
16.  Xu H, Barnes GT, Yang Q, Tan G, Yang D, Chou CJ, et al. Chronic inflammation in fat plays a crucial role in the development of obesity-related insulin resistance. 2003 112 1821-1830 Journal of Clinical Investigation          
17.  Weisberg SP, Hunter D, Huber R, Lemieux J, Slaymaker S, Vaddi K et al. CCR2 modulates inflammatory and metabolic effects of high-fat feeding. 2006 116 115-124          










【戻る】