指定課題研究報告
成人成長ホルモン欠乏症患者の転帰及び診断、治療に関する研究
(独)国立病院機構京都医療センター臨床研究センター 島津 章 協同研究者 千原和夫 石井均 山城小百合 肥塚直美 田中敏章 羽二生邦彦 沖隆 加治秀介
下垂体機能低下症が患者の心身機能や生活にどのような影響を与えているかを調査する疾患特異的QOL質問紙の開発を行った。下垂体機能低下症患者に病歴、治療歴、心身状態等に関する詳細なインタビューを行い、カテゴリー別にアイテムを分類し、専門家の意見を追加して内容妥当性を検討した。パイロットテストを行い、質問紙(案)を作成した。サブスケール別の項目は、A:社会的機能 外出の制約、対人関係の制約、活動面の制約、B:精神的機能 興味の減退、集中力減退、気分の易変動と低下、睡眠障害、陰性感情、C:身体機能 易疲労感、体温コントロール、性機能、体重と体型、尿症状、D:将来への不安 経済的不安や自立不安、などにまとめられた。これらの項目は、下垂体機能低下症患者の健康関連QOLを網羅しており、内容妥当性は十分である。多数例において計量心理学的評価によるバリデーションを行い、最終質問票を完成させる。
研究要旨
下垂体機能低下症患者の評価は、その症状や重症度などの臨床的な評価だけでなく、患者の日常生活における身体的、心理的あるいは社会的な影響も重要である。近年QOLを評価することの重要性が議論されるようになった。健康関連QOLは、疾患や治療が、患者の主観的健康感や、毎日行っている仕事、家事、社会活動にどのようなインパクトを与えているかについて定量化したものと定義される。患者の心身機能や生活への影響の実態を調査する下垂体機能低下症に特異的なQOL質問紙の開発は臨床的意義が大きい。現在使用できるQOL尺度は欧米開発であり、疾患特異性や文化的背景の面で問題がある。アウトカム評価に使える、日本人に立脚した成人下垂体機能低下症に特異的なQOL尺度(JAHQ: Japanese Adult Hypopituitarism Questionnaire)を独自に開発し、その妥当性の検証を研究の目的とした。
研究目的
研究方法
(1)質的研究:下垂体機能低下症患者への聞き取り調査
成人下垂体機能低下症患者12例、うち成長ホルモン(GH)治療経験者3例(表1)に病歴、治療歴、心身状態等に関する詳細なインタビューを行い、カテゴリー別にアイテムの分類を行った。これに専門家の意見を追加し内容妥当性を検討し、仮質問表を作成した。
(2)パイロット研究:仮質問表に関する調査
GH以外の補充療法を受けている下垂体機能低下症患者27例を対象とした。JAHQ仮質問表は79の質問から構成され、7段階のLikert方法で、自己記入により回答を得た。背景の医学情報を加味して統計的解析を行った。
なお、倫理面の配慮として、本研究の実施について施設の倫理委員会における審査を経て承認を得た上で、聞き取り調査対象患者に十分説明し書面により同意を得た。
研究結果
(1)質的研究::下垂体機能低下症患者への聞き取り調査と質問表の作成
聞き取り調査から得られたアイテムの分類から、QOLサブスケール別の項目は、A:社会的機能(外出の制約、対人関係の制約、活動面の制約)、B:精神的機能(興味の減退、集中力減退、気分の易変動、睡眠障害、陰性感情)、C:身体症状/機能(易疲労感、体温コントロール、性機能と体毛、体重と体型、胃腸症状、易感染性、尿症状)、D:将来への不安(経済的不安や自立不安)、にまとめられた。これらの項目は、下垂体機能低下症患者の健康関連QOLを網羅しており、内容妥当性は十分であると考えられた。質問表のサンプルを表2に示した。
(2)パイロット研究:仮質問表に関する調査
QOL総スコアは最低50397点から最高397点で、対象者間で大きいばらつきがみられた。サブスケール別のスコアは、体力低下や易疲労感等の身体機能低下、経済的不安や自立不安を含む将来への不安、ウェスト周囲径や体重の増加、発汗障害などが高得点で困惑度が高く、従来から指摘されている成人GH分泌不全症状とよく合致していた。性差、年齢、原因疾患、罹病期間、治療法などの外的基準とQOLとの間に有意な関連は認められなかった。未治療例に副腎皮質ホルモンおよび甲状腺ホルモンの補充を行った例では、QOLの劇的な改善が認められた。
成人の下垂体機能低下症患者において、健常人と比較し、特に身体的、精神的活力や身体イメージに対する不満足、記憶障害など健康関連QOLの障害が報告されている。SF-36などの包括的QOL尺度は健常人との比較が可能であるが、QOL障害と治療による改善は必ずしも全ての報告でみられていない。GH欠乏がQOLに及ぼす影響とGH治療による効果を感度よく検出するために、欧米において疾患特異的QOL尺度が開発された。しかし国際的な尺度が文化的、社会的背景が異なる日本において適用できるかどうかについて明らかでない。実際、日本の成人GH分泌不全症に対するGH補充療法に関するいくつかの臨床試験において、QOL項目の明確な変動は検出困難であった。そこで、日本人の国民性を考慮した成人下垂体機能低下症の疾患特異的QOL尺度を独自に開発し、科学的検証を行うことを目的として、JAHQプロジェクト研究を立ち上げた。
考察
QOL質問紙が備えるべき性質として、まず、信頼性がある。これには、@数日後に同じ結果が得られる再現性、Aひとつの概念を測定する内部一貫性、Bいくつかの下位尺度のサブグループとしての因子構造が挙げられる。さらに、妥当性として、@疾患に関するQOL項目が網羅されている内容妥当性、A関連しそうな他の指標と相関する概念妥当性、B生化学的指標や疾患鑑別に関する外部妥当性、C介入前後の変化の検出が可能な変化への感受性、D既存の質問紙との相関をみる併存妥当性、がある。今回、質的研究として下垂体機能低下症患者および専門医を対象に半構造的面接から特有な概念の抽出、整理を行い、概念モデル、下位尺度仮説、QOL質問項目プールを作成した。下位尺度として、社会的機能、精神的機能、身体症状/機能および将来への不安があげられた。これらの項目は、下垂体機能低下症患者の健康関連QOLを網羅しており、内容妥当性は十分と考えられた。
パイロット研究として質的・量的な検討、実施可能性などについて検討した結果、通常のホルモン補充療法を行っている患者においては、GH不足症状への困惑度が高かった。一方、未治療者に補充療法を行った事例では、QOLに大きい改善を認め、変化感受性は十分であると考えられた。今後、中規模の臨床評価試験として300例程度の症例を対象に、信頼性と妥当性について計量心理学的評価を行い、最終的なQOL質問表として完成させる。
JAHQ開発のために必要十分な項目が作成できた。JAHQは下垂体機能低下症患者の心身機能や社会的機能の実態を明らかにするための重要な尺度になるものと考えられる。
結論
本研究は、JAHQ 研究プロジェクト、厚生労働省難治性疾患克服研究事業の研究補助金および成長科学協会研究助成金の補助を受けており、関係各位に深謝いたします。
謝辞
表1.患者プロファイル
表2.JAHQ質問項目のサンプル
社会的機能(14項目)
家以外のところに泊まるのがおっくうである
外出することがおっくうである、など
精神的機能(15項目)
物事をやり通すのに苦労する
集中力を保つことが難しい、など
身体機能や症状(36項目)
疲れやすい
ウェスト周りが太くなった、など
将来への不安(5項目)
自分の将来のことを考えると不安になる
他人は自分の症状をわかってくれない、など