指定課題研究報告
成長ホルモン療法の治療効果に及ぼす諸因子の解析に関する研究
主任研究者 横谷 進 (虎の門病院小児科) 島津 章 (国立病院機構京都医療センター臨床研究センター) 田中弘之 (岡山大学大学院医歯薬学総合研究科) 和田尚弘 (静岡県立こども病院腎臓内科) 寺本 明 (日本医科大学脳神経外科) 永井敏郎 (獨協医科大学越谷病院小児科) 長谷川奉延 (慶応義塾大学医学部小児科学教室) 長谷川行洋 (都立清瀬小児病院内分泌代謝科) 羽ニ生邦彦 (羽ニ生クリニック) 堀川玲子 (国立成育医療センター第1専門診療部内分泌代謝科) 藤田敬之助 (大阪市立総合医療センター小児内科) 向井徳男 (旭川医科大学小児科) 伊藤純子 (虎の門病院小児科)
成長ホルモン療法の治療効果に及ぼす諸因子の研究のうち、次の6課題につき報告する。その他に、「プラダー・ウイリー症候群における成長ホルモン治療効果」についても研究課題としたが、治療を継続しなかった症例の情報が得られないために、十分な研究は難しい状況と考えられる。また、「症候性低血糖で成長ホルモン申請されたものの背景と治療効果」についても検討しているが、患者背景については新たに何らかの調査が必要となる可能性がある。
1. プラダー・ウイリー症候群への成長ホルモン療法が側弯症に与える影響 (分担:永井敏郎) 2. 軟骨異栄養症における成長ホルモンの治療効果に関する研究 (分担:田中弘之) 3. ターナー症候群における身長と体重の経年的変化の検討 (分担:伊藤純子) 4. ターナー症候群の早期高用量成長ホルモン治療 (分担:堀川玲子) 5. ヌーナン症候群に対する成長ホルモン治療 (分担:長谷川奉延) 6. 慢性腎不全患児における成長ホルモン開始時の骨年齢と二次性徴の検討 (分担:和田尚弘)
1.プラダー・ウイリー症候群への成長ホルモン療法が側弯症に与える影響【はじめに】
プラダー・ウイリー症候群(PWS)への成長ホルモン(GH)療法が開始され3年以上が経過した。本症へのGH治療に関しては多くの問題点が指摘されてきたが、現在まで主たるものは、糖質代謝、呼吸障害、側弯症、の3つと思われる。糖質代謝では、糖尿病発症のリスクが懸念されたが、現在までの報告では、食餌療法が守られれば、筋力向上、運動能力改善によるインスリン抵抗性の改善が散見される。呼吸に関しては、中枢性呼吸障害には、GHは良い効果を及ぼすことが以前から報告されている。閉塞性呼吸障害に関しては、治療開始4ヶ月以内は、咽頭後壁のリンパ組織の増殖に起因する呼吸障害を惹起する可能性が示唆され、GH使用開始後数ヶ月間は、呼吸障害に注意することが提唱されている。しかし、側弯症に関しては未だ報告が少なく、まとまった方針が見出せていない。
【目的】
PWSでGH使用有無による側弯症発生の頻度、発症に影響を与える因子、側弯症の経過、について検討する。
【対象・方法】
対象は獨協医科大学越谷病院でフォロー中の患者72名(年齢1から49歳、41名がGH治療、31名がGH治療なし)。Cobb角が、10度以上を側弯症と定義し、Cobb角計測は、測定者間の誤差を最小化するため、熟達した同一医師が経時的に行った。
【成績】
全72名患者中33名(45.8%)に側弯症を認めた(年齢別には、6歳未満で21.7%、6-12歳未満で25%、12歳以上で67.6%)。治療者41名中20名(48.8%)、無治療者31名中13名(41.9%)が側弯症を示し、頻度上治療群と無治療群に統計上有意差はなかった。GH治療開始年齢と治療開始後1年目の身長の伸びが側弯発症に及ぼす影響の検討では、側弯のない患者群に開始年齢が有意に低く(Mann-Whitney P=0.021)、身長の伸びは有意に良かった(8.59±1.92 vs 10.7±2.54 p<0.01)。GH使用群で側弯症を認めた20名中10名はGH継続でもCobb角の変動は見なかった。他の10名では、側弯症は6名が増悪、1名が増悪軽快、3名が軽快した。
【考察】
PWSにおける側弯症の頻度は45.8%で、生理的側弯症の頻度約2%に比較して明らかに高値であった。欧米での報告では80%以上で我々の報告より頻度が高い。年齢別では、12歳以降に著明に頻度が高くなる。現在まで本症での側弯症の病因は不明であるが、筋緊張低下(とりわけ傍脊柱筋)、肥満、微細な骨異常の関与が推察される。このことは、欧米人の肥満の程度が高いこと、また年長患者に側弯症が多いことと矛盾しない。
側弯症発症の頻度が、GHの使用の有無により差がなかったことは、GHが側弯症を誘発しないことを示している。これは、GH使用が適応されている成長ホルモン欠損症患者で側弯症の頻度が高くないことと合致する。しかし、ターナー症候群では、GH使用による側弯症発症の頻度が高いとする報告があり、ターナー症候群同様、微細な骨異常を有する本症では、GH使用中は注意を要すると考えられる。
一般的に側弯症は、成長率が大きい時顕著になるため、GH使用患者で一番成長加速が認められるGH使用開始後1年目の成長率で側弯症発症頻度に差が認められるか否かを検討したが、成長率は、側弯症ありの群の方がなしの群に比して大きかった。また、GH使用開始年齢は、側弯症なしの群の方が低年齢で開始されていた。これらは、少なくとも、GH使用による急激な成長加速、あるいは低年齢でのGH開始が、側弯症を招くとは考えられなかった。
GH使用継続により側弯が増悪した患者(6/20名)がいた事は、今後GH使用時の注意が必要であることを示している。一方、側弯が改善した患者(3/20名)も存在し、3名のGH開始年齢が3−4歳であったことは、GH開始年齢が、側弯症を念頭に置くならばこの時期が適当な年齢である可能性を示すかもしれない。
【結論】
PWS患者での側弯症の頻度は高いが、GH使用の有無ではその頻度に差がなかった。GH治療が、早期開始と身長加速のより悪影響を受けるとは考えられなかった。本症に側弯症が高頻度に認められること、GH治療継続で側弯の増悪例が見られたことは、本症でのGH治療中は、側弯症は慎重に注意すべきと考えられた。
軟骨異栄養症として成長ホルモン治療を行っている患者の成長科学協会登録データを用い成長ホルモン治療の効果について検討を行った。
2.軟骨異栄養症における成長ホルモンの治療効果に関する研究
@ 現在までの登録状況
2005年の新規登録患者は24名であり2001年以降同様の傾向を示している。登録時の年齢の平均は5.4±3.0歳で2004年と変化なかった。現在までの登録患者数は568名であり、内537名に治療適応ありとの判定が下されていた。
A 治療効果に関する検討
1年以上治療が継続されていた例について治療開始後の年齢と身長増加効果を見ると図1に示すようにほぼ直線的に低下し開始後12年でほぼゼロとなった。従って今疾患における成長ホルモン治療期間は最大12年と考えるべきであり、それ以上の期間の投与は身長増加にはなんら寄与し得ないことが明らかとなった。
各年齢の身長をグラフにしたものが図2であり、この結果より軟骨異栄養症に対する成長ホルモン治療は成人身長を約8cm高くする可能性が示唆された。
なお、図2に示すように本登録データからは思春期のgrowth spurtを示す思春期における身長の急増は認められない。即ち本疾患ではgrowth spurtが観察されない。この点を明らかにするため二次性徴についての記載について身長増加との関係を検討したところ図3に示すように思春期に達すると身長増加はむしろ不良となり、本疾患の治療効果は思春期の始まりまでにいかに身長を高くできるかによることが明らかとなった。
なお、成長科学協会に登録されている軟骨異栄養症は他の骨系統疾患を含む可能性がある。登録時の骨所見を検討することにより軟骨無形成症、低形成症、そのほかの骨系統疾患にわけ効果を検討する必要がある。
3.ターナー症候群における身長と体重の経年的変化の検討【目的】
ターナー症候群のGH治療前2年間のデータを使用して、ターナー症候群の身長・体重の経年的変化の特性を再検討する。肥満に関わる体格指数についても検討する。
【初年度に行った検討】
1991年以降、成長科学協会にターナー症候群として登録されている1868名の治療開始時身長を、すでに報告されているターナー症候群成長曲線上にプロットし、登録されている症例の特定について、また偏りがないかどうかを検討した。登録症例の治療開始時身長は、6歳未満ではターナー症候群標準成長曲線の身長SDの低い領域に分布していた。6歳から12歳まではほぼ標準成長曲線上を中心に分布し、12歳以降ではむしろ身長SDの高い領域に分布するようになっていた(図4)。この傾向は対象を思春期未発来の1576名としても同様であった。
こうした特徴の原因として次のようなことが考えられる。
1) 低年齢では、ターナー症候群と健常児の成長曲線に重なりが大きく、ターナー症候群の平均〜+1SDが健常児の−2SDに当たるため、低身長の程度が強い群が診断されやすく、また、成長ホルモンの適応となる低身長群のみが登録されていると考えられる。 2) 12歳以上で身長SDが高くなっている原因は明らかではないが、次のような可能性が考えられる。すなわち、「ターナー症候群標準成長曲線」が作成された年代から1991年以降までに、年代による平均身長の上昇(secular trend)が考えられる。また、年齢の高い群では登録前にタンパク同化ホルモン等で治療を受けた症例が混在している可能性もある。
【結論】
今後,この成長科学協会登録データを使用する場合は、上記のような集団の性質を踏まえて解析を行う必要がある。
図4. 成長科学協会に登録されたターナー症候群1868例の成長ホルモン治療前の身長のプロット
ターナー症候群の低身長に対する成長ホルモン(GH)治療の有用性はほぼ確立している。さらに、治療効果は用量依存性に増加し、最終身長も改善することが多数の報告で示されている。わが国でも1.0IU/kg/w投与群の最終身長が0.5IU/kg/w投与群に比し改善することが報告されている(高野ら(1997)、144.3±3.9cm vs 142.2±6.1cm)。我々は、成長科学協会に登録され成長ホルモン治療が行われたターナー症候群において、高用量GH(0.35mg/kg/w)の早期治療効果について検討した。
4.ターナー症候群の早期高用量成長ホルモン治療
対象を4群に分けて解析を行った。G1:低用量GH(0.175mg/kg/w)、6歳以上治療開始群(n=1007)、G2:低用量5歳以下開始群(n=122)、G3:高用量GH(0.35mg/kg/w)6歳以上開始群(n=192)、G4:高用量5歳以下開始群(n=62)。治療開始時平均年齢はそれぞれ11.4±3.78歳、4.9±0.79、10.3±2.58、4.4±1.32、治療開始時平均身長SDは-3.48±0.95SD、-2.97±0.74、-3.24±0.82、-3.04±0.72であった。各群において身長SDは治療開始後有意に増加し、1年後の身長SDS変化量(ΔSDS)は各群それぞれ+0.28、+0.41、+0.43、+0.79SDS、3年後の治療前と比較したΔSDSは、+0.35、+0.66、+0.60、+0.83SDSであった。治療開始3年後の平均身長SDはG2とG4では-2.31±0.68、-2.21±0.65SDと有意差を認めなかったが、3年後に-2SD以上の正常身長に達した者は、各群それぞれ15.2、31.7、15.8、42.3%で、G4群で4割以上が正常身長範囲内に達していた。年間成長速度SDは特に治療開始1年後にG4群で著明に改善し、平均+2.77SDと、有意に高値であった。
以上より、ターナー症候群の早期高用量GH治療はより早期の身長正常化をもたらすことが明らかとなった。ターナー症候群に対する成長ホルモン治療の目的は、1)最終身長の正常化、2)低身長の及ぼす心理的影響の改善、3)適切な時期に性腺補充療法が開始できること、が挙げられる。今回検討した5歳以下開始の高用量GH治療は、治療目的の2)、3)達成のための早期成長捕捉に寄与するものと考えられる。早期高用量治療群における性腺補充療法開始年齢等については検討中である。
国内で成長ホルモン治療を受けているヌーナン症候群の基礎的データについて解析した。
5.ヌーナン症候群に対する成長ホルモン治療
対象は、主治医によりヌーナン症候群と診断され、かつ成長科学協会により成長ホルモン治療の適応ありと判断された34例で、その内訳は男児20例・女児14例、年齢3〜14歳(中央値9.5歳)である。成長ホルモン治療開始時の身長は平均+0.5〜−6.1 (中央値 平均−3.3) SD、骨年齢は平均+1.0〜−8.9 (中央値 平均−3.3) SDであった。2種類以上の成長ホルモン負荷試験の頂値がいずれも10 ng/ml(recombinant GHに換算すると 6 ng/ml)未満の症例は34例中11例であった。
6.慢性腎不全患児における成長ホルモン開始時の骨年齢と二次性徴の検討【はじめに】
小児慢性腎不全における成長ホルモンの短期効果の報告は多い。長期フォローの報告は透析から移植へと移行している症例がほとんどであり、したがって多くの症例は経過中で腎機能が改善しており、純粋な腎機能障害の長期持続による成長評価とはほど遠い。わが国では移植への移行が諸外国より進まず、本邦における小児の長期透析例は他国よりその割合が非常に多い。その長期腹膜透析症例に限っての身長の検討では、身長SDは徐々に低下すること、成長ホルモンにより開始後2−3年は身長SDの進行を阻止できるがcatch up growthには至らず、その後は再び徐々に身長SDは低下することが報告されている。しかし、骨年齢と二次性徴の調査がなされておらず、成長ホルモンの効果を評価しづらかった。
【目的】
今回は、まず慢性腎不全における低身長患者で成長ホルモン治療の適応となった症例の、成長ホルモン開始時における骨年齢と二次性徴の現状を検討する。
【対象および方法】
成長科学協会に新規申請された慢性腎不全症例で、成長ホルモン適応の条件を満たし、骨年齢と二次性徴の記載のある症例を検討した。対象は310名(男児194名、女児116名)、平均年齢は10.04±4.31歳、身長SDSは-3.20±1.24であり、対象症例における成長ホルモン開始時の暦年齢、骨年齢、二次性徴の有無を検討した。骨年齢の判定は主治医による。方法には、Greulich Pyle法とTanner-WhitehouseU、日本人標準化法等が用いられているが、それらを区別せずに解析した。
【結果】
成長ホルモン開始申請時、二次性徴のある症例は49名(男児30名、女児19名)、二次性徴のない症例は261名(男児164名、女児97名)であった。
二次性徴のある児の暦年齢は14.2±1.95で骨年齢は12.1±1.93であり、個々の症例での暦年齢と骨年齢と差の平均は2.02±1.50と約2年の遅れが認められた。男女別では、男児が暦年齢は14.68±1.78、骨年齢12.55±1.82、女児は暦年齢13.44±2.01、骨年齢11.26±1.84と、暦年齢と骨年齢差に男女差はみられなかった。
二次性徴のない児の暦年齢は9.22±4.17、骨年齢は7.03±3.58であり、(暦年齢)−(骨年齢)の平均は2.13±1.57でやはり約2年の遅れであった。男女別でも、男児の暦年齢9.27±4.35、骨年齢6.99±3.85、女児は暦年齢9.14±3.87、骨年齢7.09±3.10と男女差はみられなかった。
成長ホルモン開始時、暦年齢で男児15歳以上は21名、女児13歳以上は27名であった。そのうち二次性徴のあった例は男児14名(66%)、女児は10名(37%)であった。身長SDは全体で-4.05±1.73と成長障害はより著明であり、暦年齢は男児16.46±1.20、女児14.76±1.34、骨年齢は男児13.06±1.55、女児11.48±1.41であり、(暦年齢)−(骨年齢)の平均は全体で3.21±1.85と男女とも3年近い差が認められた。
【結論】
成長ホルモン開始時の骨年齢は、二次性徴の有無にかかわらず、約2年遅れていることが明らかになった。また思春期の発来が遅い症例の割合は高いが、その多くは骨年齢が3年近く遅れていた。今後、腎機能による違い、継続例における二次性徴の発来時期と骨年齢の進行の有無を検討していきたい。