指定課題研究報告
成長ホルモンおよびIGF-I測定の標準化に関する研究
主任研究者 島津 章 (国立病院機構京都医療センター) 共同研究者 立花 克彦 (日本ケミカルリサーチ株式会社) 勝又 規行 (国立成育医療センター研究所) 肥塚 直美 (東京女子医科大学第二内科) 横谷 進 (虎の門病院小児科) 顧 問 藤枝 憲二 (旭川医科大学小児科) 田中 敏章 (国立成育医療センター)
成長ホルモン分泌不全(GHD)の診断は、現在各種の成長ホルモン(GH)分泌刺激試験の際の血中GH濃度頂値によって行われている。血中GH濃度は、抗原抗体反応を利用して測定され、数種類の測定キットが市販されているが、その測定値は、用いる測定キットによってかなりの差がある。従って、同じ患者の同じ検体であっても、どの測定キットを用いて測定したかによってその測定値が異なり、その結果、診断が異なってしまう可能性がある。そのため、成長科学協会ではGH・関連因子測定検討専門委員会が、使用する測定キットによって診断やGH治療適応判定の結果が異なることを防ぐことを目的に、平成3年度以降、市販されている各測定キットによる測定値の補正式を作成してきた。平成10年度からは指定研究として行われている。
はじめに
われわれは、これまでに市販キットについて補正式を作成する一方、測定キットによって測定結果が異なる原因を追究した。その結果、用いる標準品の違いがその原因の大部分であり、共通の標準品を使用して検体を測定すれば、測定値がほぼ一致することを示した。今年度、現在市販されている測定キットについて検討し、標準品の違いが測定値の違いであることを再確認するとともに、キット販売各社の協力を得て、キットによる測定値の違いをなくすため共通のGH標品を使用する検討を行った。
健常成人10人を対象にGRH負荷を行い、血清を採取し-20℃で保存した。この血清検体のGH濃度を、現在市販されている7種のGH測定キット、即ち栄研化学immunoradiometric assay (IRMA)キット(AbビーズHGH"栄研"、以下栄研IRMA)、第一アイソトープ研究所IRMAキット(GHキット「第一」、以下第一IRMA)、東ソーimmunoenzymometric assay(IEMA)キット(Eテスト「TOSOH」・(HGH)、以下東ソーIEMA、日立化成chemiluminescence enzyme immunoassay (CLEIA)キット(ヒダザイムCL、以下日立化成CL)、ヤトロン CLEIAキット(イムライズhGH、以下ヤトロン・CL)、ベックマン・コールターchemiluminescence enzyme immunoassay (CLEIA)キット(アクセスhGH、以下ベックマンキット)、協和メディクスchemiluminescence immunoassay (CLIA)キット(アレグロライトHGH、以下協和CL)を用いて測定した。栄研キット、第一キットの標準品はWHO校正標品No. 66/217に、東ソーキット、日立キット、ヤトロンキット、ベックマンキットはWHO校正標品No. 80/505に準拠した標準品が用いられている。協和キットは今年度からWHOの新しいリコンビナント標品No. 98/574に準拠するキットとなった。
方法
各測定キットによる測定値は付属標準品を用いた場合かなり大きく乖離したが、22KのリコンビナントGHによる標準品を用いて測定するとその測定値はほぼ一致した。各社の付属標準品を用いての測定結果から線形関係式を用いて作成した測定結果補正式(平成15年度検討)を表1に示す。
結果
GHDの場合、原則的にその診断よってGH治療の適応が決定されるため、用いる測定キットによって診断が変わることは望ましいことではない。そのため、成長科学協会では平成3年度以降、各測定キットによる測定値の相関を検討し、補正式を作成して用いることで、この問題を便宜的に解消するよう対処してきた。実際には、平成10年度以降は、すべての測定キットによる測定値の平均を従属変数として線形関係式を求め、それを補正式としている。この補正により、用いる測定キットによる診断の差はなくすことはできると思われる。しかし、これは時代をおっての不変の基準とはなりえず、過去と比較しての議論が不可能となる。また、測定キットによって同じ検体を測定しても大幅にその結果が異なるという事態は続いている。
考察
現在、各測定キットの標準品はWHOの基準品を一次標品とし、それに対して各メーカーは二次標品を作成し、キット添付の標準品は二次標品に対して検定されている。しかし、同じWHO基準品といっても、全く同一のWHO基準品が用いられているわけではない。現在日本で市販されているGH測定キットで用いられている標準品は、2種のWHO基準品(66/217、80/505)に準拠している。これら二種の基準品はいずれも下垂体抽出品であるが、GH含有量に差がある。即ち、違うGH含有量の基準を用いているのであるから測定値が異なるのは当然のことといえる。リコンビナントGHを共通の標準品として用いると、同一検体の測定値は各測定キットによってほぼ一致することから、現在市販されているGH測定キット間の測定値の乖離の原因の大部分は、この標準品の実際のGH含有量の違いに起因すると思われた。
現在ではGH含有量を正確に知ることのできるリコンビナントGHが入手可能であり、このことは時代を超えて同じ標準品を用意することを可能にする。現在WHOから供給されている基準品は、リコンビナントGHのNo. 98/574である。Growth Hormone Research Societyの小児のGHDの診断と治療についての提言でも、88/624を基準として用い、モノクローナル抗体を用いた測定キットで測定することが推奨されており、No. 98/574とNo.88/624はほぼ同等である。
これらの結果をもとに、今後、各キットの一次標品・二次標品を、さらには実際のキットに添付する標準品もリコンビナントGHにするのが望ましいと考え、各キットメーカーに対応を要請し、検討会を行ってきた。その結果、2005年4月から、各キットの標準品は順次リコンビナントGH、あるいはリコンビナントGHの較正標品(WHO 98/574)に準拠したGHを用いるように変更されることとなった。これによりキット間の測定値の差はほとんどなくなるものと期待され、今後も検証していく必要がある。
リコンビナントGHを標準品として用いると、測定値はこれまでの測定値に比べてかなり低下する。そのため正常児でも負荷試験の際のGH頂値がかなり低値となる。GHDの診断のためのGH分泌刺激試験におけるGH頂値の10ng/ml、5ng/mlといった現在用いられているカットオフ値は、二抗体法RIAによる測定が行われていた時代に経験的に設定されたものである。従って、リコンビナントGHを標準品として用いた測定値をこれにそのままあてはめることはできない。
多くの正常児で負荷テストを行い年齢別、性別、負荷試験の種類別に正常範囲を新たに設定できれば良いが事実上不可能である。とすれば、現在広く使用されているGH分泌刺激試験におけるGH頂値の10ng/ml、5ng/mlといったカットオフ値をリコンビナントGHを用いての測定用に修正する必要がある。二抗体法RIAでの測定値との換算式は現在では不可能であるため、現在行われている判定( 診断)と大きく異ならないようにするのが混乱を避ける意味からも現状としては最善と思われる。最近の補正式作成の資料から、補正値とリコンビナントGHを標準にした場合の測定値の相関式では、リコンビナントGHを用いての測定値は補正値の約0.6倍であった。したがって、リコンビナントGHを用いての測定の場合、現在のGHD診断の手引きなどに見られるGH頂値の10ng/ml、5ng/mlといったカットオフ値は6ng/ml、3ng/mlと読み替えるのが妥当と思われ、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「間脳下垂体機能障害に関する調査研究班」(主任研究者:千原和夫)による「成長ホルモン分泌不全性低身長症 診断の手引き」「成人成長ホルモン分泌不全症 診断の手引き」も別添資料のようにリコンビナントGHを標準品とした場合の判定値が改訂された。
参考資料: 血中成長ホルモン(GH)測定値に関する説明書
血中成長ホルモン(GH)測定値に関する説明書
― 血中GH測定値が変わります!! ―
成長ホルモン(GH)分泌異常症の診断と治療において、血中GH濃度の測定は重要であります。
血中GH濃度は抗原抗体反応を利用した免疫学的測定法により測定されます。用いる測定キットによって測定結果が大きく異なるため、従来診断に際して補正値が用いられてきました(文献1,2)。
測定キットによる測定値の違いは、そのほとんどが各キットの標準品が異なる較正標品(WHO 66/217,80/505など)に準拠していることに起因しており、用いる標準品をリコンビナントGHに統一することによりほぼなくすことができることが報告されています(文献1,2,3)。
今春4月から、各キットの標準品は順次リコンビナントGH、あるいはリコンビナントGHの較正標品(WHO 98/574)に準拠したGHを用いるように変更されることとなりました。これによりキット間の測定値の差はほとんどなくなるものと期待されます。しかし、リコンビナントGHを標準品あるいは較正標品とした場合、測定値は従来の補正値の60%になります(文献1,2,3)。このため、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「間脳下垂体機能障害に関する調査研究班」(主任研究者:千原和夫)による「成長ホルモン分泌不全性低身長症 診断の手引き」「成人成長ホルモン分泌不全症 診断の手引き」も別添参考資料(文献3)のようにリコンビナントGHを標準品とした場合の判定値が改訂されました。
以上のことから、血中成長ホルモン測定値の解釈にあたっては、用いた測定キットの標準品が従来のものであるか、新しいリコンビナントGHを用いた(または準拠した)ものであるかを十分に把握した上で適切に判断されることを望みます。
文献1 「厚生労働省難治性疾患克服研究事業(小児慢性特定疾患研究分野)成長ホルモン治療の適正化に関する研究」(主任研究者:田中敏章) 平成13〜15年度研究報告書,pp.21-29,2003年 文献2 「成長ホルモン(GH)および関連因子の測定に関する研究」(主任研究者:立花克彦) 平成15年度 成長科学協会研究年報 27号:11-19,2003年 文献3 「厚生労働省難治性疾患克服研究事業 間脳下垂体機能障害に関する調査研究」(主任研究者:千原和夫) 平成15年度総括・分担研究報告書,pp.77-80,pp.121-125,2004年
平成17年1月
財団法人成長科学協会 理事長 入江 實
同 GH・関連因子検討専門委員会 委員長 島津 章
GH測定キット販売会社
株式会社テイエフビー 栄研化学株式会社 東ソー株式会社
協和メデックス株式会社 株式会社三菱化学ヤトロン
ベックマン・コールター株式会社
別添参考資料:
「成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断の手引き(平成15年度改訂)」
(中途省略)
U.検査所見
以下の分泌刺激試験(注4)で下記の値が認められること。(注5)
インスリン負荷、アルギニン負荷、L-DOPA負荷、クロニジン負荷、またはグルカゴン負荷試験において、原則として負荷前および負荷後120分間(グルカゴン負荷では180分間)にわたり、30分毎に測定した血清(漿)中成長ホルモン濃度の頂値が10ng/ml以下であること(注6)。ただし、リコンビナントヒト成長ホルモンを標準品としたときは、血清(漿)中成長ホルモン濃度の頂値が6ng/ml以下であること(注7)。
(中途省略)
(注6) 測定キットにより値が異なるので、成長科学協会のキット毎の補正式を用いて判定する。
(注7) リコンビナントヒト成長ホルモンを標準品としたときは、測定値を補正する必要がない。
(中途省略)
「成人GH分泌不全症の診断の手引き(平成15年度改訂)」
(中途省略)
U.検査所見
1. GH分泌刺激試験(インスリン負荷、アルギニン負荷、L-DOPA負荷またはグルカゴン負荷試験)(注3)において、負荷前および負荷後120分間(グルカゴン負荷では180分間)にわたり、30分毎に測定した血清(漿)GHの頂値が5ng/ml以下である (注4,5)。ただし、リコンビナントGHを標準品としたときは、血清(漿)GH頂値が3ng/ml以下であること(注6)。
(中途省略)
(注5) 測定キットにより値が異なるので、成長科学協会のキット毎の補正式を用いて判定する。
(注6) リコンビナントヒト成長ホルモンを標準品とした時は、測定値を補正する必要がない。
(中途省略)