指定課題研究報告
成人成長ホルモン欠乏症患者の転帰及び診断、治療に関する研究



成人GH分泌不全症における脈波速度の評価
加治 秀介(兵庫県立大学生体機能学)
濱口 浩敏(神戸大学大学院医学系研究科内分泌代謝神経血液腫瘍内科学)
千原 和夫(神戸大学大学院医学系研究科内分泌代謝神経血液腫瘍内科学)




はじめに

 欧州で行われた下垂体機能低下症例の予後調査では寿命が短縮することが報告されている1−4)。その原因としてGH分泌不全症(GHD)が寄与しているかどうかは議論が分かれているが、我が国では厚労省や私共の調査により成人下垂体機能低下例におけるGHDでは非GHDに比べて、内臓脂肪の増加や血中LDLの高値など心血管リスクが認められ、虚血性心疾患や脂肪肝の合併が高いことも報告されている5, 6)。また成人GHD例へのGH補充は内臓肥満や高LDL血症などの血管リスクを改善させている7,8)。一方、私共が日本病理学会剖検輯報から下垂体機能低下疑い例の直接死因を検討した結果からは心筋梗塞や脳梗塞による死亡割合は性、年齢をマッチさせた日本国民全体のそれと相対危険度において差はなかった9)。 冠動脈の評価が心血管リスクの評価にとって最も直接的であるが、非侵襲的には動脈硬化を画像的に評価する方法と機能的に評価する方法がある。私共は以前に動脈硬化を超音波画像から評価する頸動脈内膜中膜複合厚(IMT)を測定した結果、成人GHDにおいては健常者より有意に肥厚していて、特に小児発症成人GHDでより顕著であることを報告した10)。そこで今回、動脈硬化を機能の面から評価する方法である、上腕と足首の動脈間の脈波速度(brachial-ankle pulse wave velocity ; baPWV)を測定し、すでに報告されている健常者の基準値11)と年齢毎に比較した。


対象と方法

 成人GHDの自、他覚的所見に加えて、GH分泌刺激試験で血中GH頂値が5ng/ml以下の24例(男性8例、女性16例)を対象とした。 年齢中央値は男性43歳 (26-60)、女性51歳 (18-79)であった。Table 1には性別に下垂体機能低下症の成因、補充ホルモン、形態計測値、血液生化学およびホルモン検査値を示した。
 baPWVの測定には日本コーリン社製のform PWV/ABIを用いた。 baPWVは身長からの計算式で大動脈弁口〜足首の長さLa(cm)、大動脈弁口〜上腕の長さLb(cm)を求め、腕と足首の脈波立ち上がりの時間差ΔTで除して自動的に求められる;baPWV=(La−Lb)/ ΔT。
 上肢の脈波は原則として右上肢、足首は両足で測定し、左右のbaPWVを自動的に算出する。
 また下肢の動脈閉塞(ASO)の指標となる足関節収縮期血圧/上肢収縮期血圧(ankle-brachial index ; ABI)を同時に測定し評価した。baPWVが健常者の1SD以上になる相対危険度をオッズ比で推定し有意差を検討した。各パラメータとの相関性は重回帰分析による多変量解析を行った。
 さらに24例中22例では超音波装置により左右のIMTを測定し、その平均値と左右のbaPWVの平均値とを比較し、ノンパラメトリック法であるSpearmanの順位相関検定を行った。


結果

 Fig.1にはABIの結果の散布図を性別に示した。0.9以下ではASOが疑われるが、いずれも0.9〜1.3の正常範囲にあった。
 Fig.2には左右のbaPWV値を性別に示した。基準値については同法で測定された検診受診者5700名の報告11)から、性別、年代別の平均値を実線で、±1SDを破線で示した。男性のbaPWV値は右で8例中4例(50%)に、左で3例(37.5%)に1SD以上が見られた。また女性のbaPWV値は右で16例中6例(37.5%)に、左で5例(31.3%)に1SD以上が見られた。
 健常集団におけるbaPWV値が正規分布をとると仮定すれば、 +1SD以上の比率は15.9%と考えられる。この比率と比較すると、今回測定した成人GHD例におけるbaPWV値が+1SD以上になる相対危険度は右では3.78 (95% CI 1.91-7.50), 左では2.65 (95% CI 1.13-6.21) といずれも有意に高かった(Table 2)。
 各パラメータとの相関性は、右または左baPWVを従属変数に、年齢、身長、体重、BMI、血圧を独立変数におくと、重相関係数は右baPWVで0.866, 左で0.869、決定係数は右で0.749、左で0.756と左右とも有意な重相関 (P<0.01)を認めた。しかし予測に有用な変数は年齢のみで、回帰係数は右baPWV で14.865 (P<0.01), 左で13.005 (P<0.01)であった。 また右または左baPWVを従属変数に、各血液生化学検査値を独立変数においても、有意の重相関を示さず、予測に有用な変数も認めなかった。
 Fig.3には同時に測定した22例のIMTの左右平均値をX軸に、baPWVの左右平均値をY軸にプロットして比較した。Spearmanの順位相関検定での相関係数はρ=0.519で有意な相関を認めた(P<0.05)。今回の頸動脈エコーではIMTの肥厚が顕著な例は少なかったが22例中8例(36.4%)にプラークを認めた。


考察

 GHDを伴う成人下垂体機能低下症例で、動脈硬化を非侵襲的、生理的に評価するbaPWVを測定したところ、baPWVが速い、すなわち動脈硬化度が強くなる危険度が健常者より有意に高いことが初めて明らかとなった。この結果は以前私共が成人GHD例で、IMTが有意に高いとする報告に合致するものであった。しかし成人GHD例と健常者の比較であるため、GHDそのものが原因か、GHDを含む下垂体機能低下症が原因かはこの成績からは不明である。脈波による動脈硬化度を判定する指標にはこれ以外に脈波のtidal waveの高さとpercussion waveの高さの差を全 波高で割った比であるaugmentation index(AI)がある。Smithら12)が32例のGHDでAIを検討したところ、性、年齢をマッチさせた対照に比べ、有意に高かったと報告している。また無作為抽出、プラセボ対照、二重盲検でGH投与を6ヶ月間行ったところAIが有意に改善したことも報告している。この結果はGHDを含む成人下垂体機能低下症において動脈硬化が進展しやすいことに加えて、その原因にGHDが関与している可能性を示唆している。
 検討症例において、baPWV値に対応するIMT値はノンパラメトリック法による検定では有意の相関性を示した。 動脈硬化度を生理的に評価するbaPWV値と形態学的に評価するIMT値が相関を示すのは当然のことと考えられるが、必ずしも相関性は高くないので、動脈硬化の評価を多面的に行う必要性を示唆するものと考えられる。
 検討した成人GHDでは全例でABIが正常範囲にあり、臨床所見からもASOの合併はないと考えられた。ABIが低値になると、baPWVの測定結果が過小評価されるとされているが、検討例ではその影響はないと考えられた。
 PWV測定の最初の報告13)は1922年と歴史は古いが、種々の研究によりその意義として、生命予後の予測因子になることがわかってきた14, 15)。 またbaPWV法の精度は、先端マノメータ付カテーテルで上行大動脈の脈波速度を直接測定した結果との相関性の検討ではr=0.87 (P<0.01)と高かったと報告され11)、測定の信頼性は高いと考えられる。また観察者を変えて測定する観察者間信頼性、および同一観察者が日を変えて測定する同一観察者間信頼性はそれぞれr=0.98 (P<0.001)、 r=0.87 (P<0.01)と報告され11)、再現性も高いと考えられる。
 baPWVに影響を与える因子としては多変量解析により年齢、性、血圧が関与することも報告されている。今回の成人GHD例における多変量解析でも年齢が有用な予測因子であった。そこで症例のbaPWV値の評価は性別、年齢別に基準と比較した。血圧の補正は困難であり、むしろ血圧と血管の性状を総合的に評価する指標と捉えることで、あえて補正は必要ないとする考え方が一般的である。 また今回のGHD例では血圧はbaPWVに対して有用な予測因子ではなかった。
 以上、動脈硬化の非侵襲的な機能的評価法である脈波解析のうちbaPWV値を指標に、成人GHD例の動脈硬化度を初めて検討した。その結果、baPWV値が高値の例が健常者より高率にみられ、以前報告したIMTが有意に肥厚している結果に呼応するものであった。
 baPWV値はIMTのみならずGHDを含む成人下垂体機能低下例の生命予後改善に向けて積極的に測定を試みる動脈硬化検査法のひとつと考えられた。



謝辞 研究を助成いただきました成長科学協会に感謝いたします。


文献

1)  Rosen T, Bengtsson BA Premature mortality due to cardiovascular disease in hypo- pituitarism. Lancet 336 : 285-288, 1990          
2)  Bulow B, Hagmart L, Mikoczy Z et al. Increased cerebrovascular mortality in patients with hypopituitarism. Clin Endocrinol 46:75-81, 1997          
3)  Bulow B, Hagmart L, Eskilsson J et al et al. Hypopituitary females have a high incidence of cardiovascular morbidity and an increased prevalence of cardio- vascular risk factors. J Clin Endocrinol Metab 85:574-584, 2000          
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