指定課題研究報告
ヒト大動脈血管内皮細胞の一酸化窒素産生に及ぼす成長ホルモンの直接作用に関する研究
島根大学医学部内分泌代謝・血液腫瘍内科学 村上宜男 欧米において、成長ホルモン(GH)欠損症患者では健常対象群に比較して心血管疾患による死亡率が高いことが報告されている。このことには、高脂血症や内臓肥満のほかに、血管進展性の低下が関与する可能性が示唆されている。GH欠損症患者では硝酸イオンとcyclic GMPの尿中排泄量が健常人の約2分の1に低下すると報告されており(1)、この減少は血管内皮におけるNO産生とその作用の低下を反映すると考えられる。GH欠損症患者にGHを投与した場合には、硝酸イオンとcyclic GMPの尿中排泄量が健常人のレベルに増加するとともに、末梢血管抵抗の低下や心拍出量の増加など血行動態が改善する(1)。
【はじめに】
以上のように、GH欠損症患者では血管内皮細胞のNO産生が障害されることから、GHおよびIGF-Iが血管内皮細胞のNO産生に生理的役割を有することが示唆される。しかし、GHおよびIGF-Iの血管内皮細胞のNO産生促進作用の機序の詳細については明らかではない。IGF-Iが内皮細胞のNO産生を増加させることが知られているが、GH がIGF-Iを介さずに直接的にNO産生を促進する可能性についてはなお明らかではない。Napoliら(2)は前腕動脈にGHを注入した場合には、急性に血管抵抗が低下するとともにNO遊離が増加すること、ならびに静脈血中のIGF-I濃度には変化が認められないと報告した。
今回は、生理的濃度のGHが血管内皮細胞のNO産生に及ぼす効果について明らかにすること、およびGHの血管内皮細胞のNO産生促進効果におけるIGF-Iの関与の有無についての知見を得ることを目的として、ヒト大動脈血管内皮細胞を用いてNO産生に及ぼすGHの直接的な作用についてin vitroで検討した。
ヒト大動脈血管内皮細胞(HAEC)を、2% fetal calf serum、12 mg/ml bovine brain extract、1mg/l hydrocortisone、10 μg/l human epidermal growth factor、50 mg/l gentamycin、50 μg/l amphotericin Bを含むMCDB131培養液中で37゜C、5% CO2-95% air下で培養した。第5-7継代のHAECをpoly-L-lysineコートした24well-dishでsubconfluentに培養して実験に用いた。細胞をDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM)で洗浄後、DMEM中で30分間培養した。ヒトGH(10 pMないし1 nM)、IGF-I(13.3 nM)、抗ヒトGH血清(100倍希釈)、IGFBP-1(1 μg/ml)ならびにカルバミルコリン(10-5M)を添加したDMEM中で4時間反応させた。反応終了後、培養液を採取し遠心分離して上清をNO2-、NO3- 濃度の測定に用いた。
【方法】
培養液中のNO2-、NO3-濃度を既報の方法で(3)カドミウム還元カラム、Griess試薬との反応および吸光光度計を接続したHPLC法を用いて測定した。
HAEC (104 cells/dish)を125I-GH (0.1 μCi/dish)を添加したKrebs-Ringer buffer (KRB)中で10ºC、30ないし120分間反応させた。反応終了後、細胞を氷冷したKRBで3回洗浄し、0.1 M NaOHを添加して細胞を溶解した。溶解液中の放射活性をガンマカウンターで測定した。10 nM 非標識GH存在下での結合を非特異的結合とした。
結合実験においては、120分間の反応後に総結合は12.8±0.9%(平均±標準誤差)、非特異的結合は5.0.±0.7%であった。GHの特異的結合は約7.8%と考えられた。
【結果】
本実験系では血清を添加しないため、遊離されたNOの大部分はNO2-に変換された。培養液中のNO3-濃度は測定感度以下であった。IGF-1添加はHAEC培養液中のNO2-濃度を用量依存的に増加させた。13.3 nMのIGF-1はカルバミルコリンに匹敵する作用を示した。一方、GHは2相性の作用を示した(図1)。最大反応は約2倍で、50pM、すなわち1.1 ng/mlの生理的GH濃度で認められた(図1)。より高濃度においては、GHの刺激効果は減弱した。1 nMのGH存在下では、培養液中のNO2-濃度は対象群とほぼ同程度であった。GHのNO産生増加作用は抗ヒトGH抗体の同時添加によって有意に抑制された。
GHのNO産生増加作用における内因性IGF-Iの関与について検討する目的で、培養液中にIGFBP-1を添加した。IGFBP-1の添加は基礎NO産生量に影響を与えなかったが、IGF-IのNO産生増加作用を抑制した(図2)。一方、GHによるNO産生はIGFBP-1の影響を受けなかった(図2)。
今回の研究において、生理的濃度のGHが血管内皮細胞のNO産生を増加させることが明らかとなった。最大反応は約2倍で、50ないし100 pMすなわち1.1ないし2.2 ng/mLのGH濃度において観察された。GH欠損症患者では、生体内のNO産生を反映する尿中硝酸イオン排泄量が約2分の1に減少しており、GHの補償治療によって健常人のレベルにまで増加することが知られている(1)。したがって、本研究でのインビトロにおける実験結果は、臨床的知見に類似したものであり、生体内におけるGHの生理的作用を反映したものであると考えられる。GHがより高濃度(0.5-1 nM)の場合には、GHの作用は減弱、消失した。この現象は、GH の作用機序によると想定される。すなわち、GHは1分子が2個のGH受容体と結合し、(1:2)の複合体を形成する。受容体の二量体化は、GH作用の発現に必須である。高濃度のGHの存在下では、GH受容体は(1:1)の複合体を形成して飽和するため、むしろGHの作用は減弱する。
【考察】
結合実験によってHAECが特異的なGH 結合部位を有することが確認された。また、GHによるNO産生増加作用は抗GH抗体の添加によって抑制された。以上の成績から、HAECのNO産生に及ぼすGHの刺激作用がGHに特異的であることが示唆される。また、我々は既に、細胞内カルシウムイオンをキレートする処置を行った場合にはGH刺激によるHAECのNO産生が抑制されることを観察した。このことから、GHによるHAECのNO産生は誘導型NO合成酵素(iNOS)ではなく、内皮型NOS(eNOS)によって触媒されると考えられる。
血管進展性や血管内皮細胞機能の調節においてGH-IGF-I系が重要な役割を有することが知られている。しかし、その機序の詳細は明らかではない。GHの効果がGHそのものの直接的な作用を反映するものか、あるいは局所に由来するIGF-Iを介する間接的な作用によるものか、についてはなお明らかではない。下垂体を摘除した雌ラットにおいては、GHおよびIGF-Iは両者ともに大動脈のeNOS発現を増加させることが報告されている(4)。また、血管内皮細胞がIGF受容体を有すること、ならびに血管内皮細胞および血管平滑筋細胞がIGF-Iを産生することも報告されている。これらの成績は、局所に由来するIGF-IがGH刺激時のNO産生に関与する可能性を示唆するものである。Thumら(5)は培養したヒト血管内皮細胞株を用いて検討し、GH刺激時においてもIGF-I mRNAの発現を認めなかったと報告している。しかし、ウシ血管内皮細胞は培養液中のIGF-Iを取り込み、放出することが知られている(6)。したがって、局所由来のIGF-Iが作用するためには、必ずしも血管内皮細胞におけるIGF-I mRNAの発現や蛋白合成を必要としない。今回の研究においては、局所由来のIGF-Iの作用を抑制することを目的として、培養液にIGFBP-1を添加した。IGFBP-1はIGF-IのNO産生刺激作用を抑制したが、一方、GHのNO産生刺激作用には影響を与えなかった。この成績から、GHのNO産生増加作用はGHによる直接的な作用であり、局所由来のIGF-Iが関与する可能性が低いことが示唆される。
生理的濃度のGHは、IGF-1と同様、HAECに直接的に作用してNO産生を増加させること、およびこの作用はGHによる直接的な効果あり、局所に由来するIGF-1を介しないことが明らかとなった。
【結論】
【文献】
1. Böger RH, Skamira C, Bode- Böger SM, Brabant G, von zur Mühlen A. Nitric oxide may mediate the hemodynamic effects of recombinant growth hormone in patients with acquired growth hormone deficiency. A double-blind, placebo-controlled study. J Clin Invest 98: 2706-2713, 1996. 2. Napoli R, Guardasole V, Angelini V, D’amico F, Zarra E, Matarazzo M, Saccà L. Acute effects of growth hormone on vascular function in human subjects. J Clin Endocrinol Metab 88: 2817-2820, 2003. 3. Tsumori M, Murakami Y, Koshimura K, Kato Y. Thyrotropin-releasing hormone stimulates nitric oxide release from GH3 cells. J Neuroendocrinol 11: 451-456, 1999. 4. Wickman A, Jonsdottir IH, Bergström G, Hedin L. GH and IGF-I regulate the expression of endothelial nitric oxide synthase (eNOS) in cardiovascular tissues of hypophysectomized female rats. Eur J Endocrinol 147: 523-533, 2002. 5. Thum T, Tsikas D, Frölich JC, Borlak J. Growth hormone induces eNOS expression and nitric oxide release in a cultured human endothelial cell line. FEBS Lett 555: 567-571, 2003. 6. Gajdusek CM, Luo Z, Mayberg MR. Sequestration and secretion of insulin-like growth factor-I by bovine aortic endothelial cells. J Cell Physiol 154: 192-198, 1993.