指定課題研究報告
成人成長ホルモン欠損症に合併する代謝異常症−補充ホルモンの影響−
加治秀介1,2、千原和夫2
兵庫県立大学 生体機能学1
神戸大学大学院医学系研究科 内分泌代謝・神経・血液腫瘍内科学2
成人成長ホルモン(GH)欠損症(AGHD)は成人下垂体機能低下症の一つであるが、我が国では欠損ホルモンであるGHは現在までのところ補充されず、他の下垂体ホルモン欠損症とは異なっている。そこでAGHDの特徴を明らかにする目的で自験例1, 2)や内分泌代謝疾患専門施設のご協力により3)、我が国の下垂体機能低下症例の実態調査を実施し、AGHDの特徴について報告してきた。 特に合併症として頻度の高い傾向を示す糖尿病、高脂血症、肥満などの代謝異常症やその重複である代謝症候群は大血管障害への進展要因であり、AGHDを含めた下垂体機能低下症の死因に影響する可能性も示唆されている4-7)。 AGHDはGH以外にも種々の下垂体ホルモン欠損がある場合があり、それに対してホルモン補充療法を行うことが多く、成因も含めて不均一な疾患である。そこで今回はAGHDに合併する代謝異常症の頻度にGH以外の欠損下垂体ホルモンに対する補充療法が影響しているかどうかに焦点を当てて検討した。
緒言
AGHDの代謝異常症合併の相対リスク
対象・方法
既報のように全国の内分泌代謝疾患専門施設へのアンケート調査の回答があった422例のうちGH分泌刺激試験(インスリン低血糖試験、l-DOPA試験、アルギニン試験、GHRH試験)のいずれかでピーク血中GH値が3ng/ml未満の185例(男性81例、女性104例)をAGHDとし、性、年齢をマッチさせた非GHD成人下垂体機能低下症例74例(男性44例、女性30例)を対照として、6種類の代謝異常症(耐糖能異常/糖尿病、高コレステロール血症、高トリグリセリド(TG)血症、肥満、脂肪肝、高血圧)の発症頻度の相対危険度を比較した。なお既報3) において肥満は合併症として記載のあった例を合併数としたが、今回は身長、体重の情報から計算したBMIで25以上の例を肥満とした。
AGHDの代謝異常症合併へのGH以外の下垂体欠損ホルモンに対するホルモン補充の影響
前項の症例を含む193例のAGHD症例(男性89例、女性104例)において以下の項目について検討した。
1.補充ホルモンの種類(甲状腺ホルモン、グルココルチコイド、ゴナドトロピン系、ADH)が各代謝異常症(耐糖能異常/糖尿病、高コレステロール血症、高トリグリセリド血症、肥満、脂肪肝、高血圧)の合併およびこれらの代謝異常症の重複合併へ及ぼす影響。
2.ハイドロコーチゾン補充量の各代謝異常症(耐糖能異常/糖尿病、高コレステロール血症、高TG血症、肥満、脂肪肝、高血圧)の合併およびこれらの代謝異常症の重複合併への影響。なおこの検討ではハイドロコーチゾン以外の副腎皮質ステロイドホルモン投与例を除いた149例(男性73例、女性76例)を対象とした。
3.補充ホルモンの総数が各代謝異常症(耐糖能異常/糖尿病、高コレステロール血症、高TG血症、肥満、脂肪肝、高血圧)の合併およびこれらの代謝異常症の重複合併に及ぼす影響。
統計学的解析
性、年齢および補充ホルモンに関する各種の要因を独立変数、個々の代謝異常症合併の有無や代謝異常症の重複合併数毎の例数をそれぞれ従属変数としてロジスティック回帰による多変量解析を行い、独立した寄与因子があるかどうかを検討した。有意水準はP<0.05とした。
AGHDの代謝異常症合併の相対リスク
結果
Table 1に示すように、男女に共通して耐糖能異常/糖尿病、高TG血症、脂肪肝の相対リスクが高い傾向がみられた。また男性では高コレステロール血症、肥満の、女性では高血圧の相対リスクも高い傾向がみられた。
AGHDの代謝異常症合併に及ぼす他の下垂体欠損ホルモンに対する補充療法の影響
Table 2では補充ホルモン別に上段は各代謝異常症合併の例数、下段には代謝異常症の合併総数毎の例数を示した。各代謝異常症合併の有無を従属変数、各補充ホルモンの種類、性、年齢を独立変数として多変量解析した結果、ADH補充、グルココルチコイド補充は各々脂肪肝および高血圧の合併増加に寄与していた。一方合併する代謝異常症の各総数を従属変数とし、補充ホルモンの種類、性、年齢を独立変数とする多変量解析においてグルココルチコイド補充は代謝異常症が4種類重複合併するリスクの低下に寄与していた。
Table 3は補充ハイドロコーチゾンの用量別に上段は各代謝異常症合併の例数、下段には代謝異常症の合併総数毎の例数を示した。各代謝異常症合併の有無を従属変数、補充ハイドロコーチゾンの用量、性、年齢を独立変数として多変量解析した結果、ハイドロコーチゾンの用量は脂肪肝の合併増加に、高血圧の合併低下に寄与していた。一方合併する代謝異常症の各総数別の合併例数を従属変数とし、補充ハイドロコーチゾンの用量、性、年齢を独立変数とする多変量解析において代謝異常症が合併する総数はハイドロコーチゾン補充用量に依存しなかった。
Table 4は補充ホルモンの総数別に上段は各代謝異常症合併の例数、下段には代謝異常症の合併総数毎の例数を示した。各代謝異常症合併の有無を従属変数、補充ホルモンの総数、性、年齢を独立変数として多変量解析した結果、補充ホルモンの総数は高TG血症と脂肪肝の合併増加に寄与していた。また代謝異常症の合併が重複する総数を従属変数とし、補充ホルモンの総数、性、年齢を独立変数とする多変量解析において、補充ホルモンの総数は3種類の代謝異常症の重複合併増加に寄与していた。
AGHDではGHDを伴わない成人下垂体機能低下症に比べ耐糖能異常/糖尿病、高TG血症、脂肪肝などの合併頻度は高い傾向が認められた。AGHDに合併する代謝異常症として内臓脂肪の増加については従来から報告されているが、肥満や高脂血症については必ずしも見解が一致していない8-10)。わが国のAGHDは成人期ではGHDがあっても臨床試験などの例外を除くとGHが補充されていない点で均一ではあるが、成因をはじめ、GH以外の下垂体ホルモン欠損の種類、補充については多様である。副腎系、甲状腺系、ADHは欠損があれば概ね補充され、性腺系は必要に応じて補充されているが、GH以外の下垂体軸が必ずしも生理的な環境にあるとはいえない。
考察
そこでAGHD症例におけるホルモン補充療法の代謝異常症合併への影響を検討した結果、ADH補充は脂肪肝の合併増加に寄与していた。ADH補充で脂肪肝の合併が高くなる理由として、視床下部障害を伴う頻度が高いために視床下部性肥満の合併が高頻度になるための二次的な結果と推測される。しかしADH補充は肥満そのものの合併リスクを上昇させる要因には必ずしもならなかった。
グルココルチコイド補充が高血圧合併の増加に寄与している結果から、全体として必要な補充量を超えたグルココルチコイドが補充されている可能性も推測される。一方グルココルチコイド補充は代謝異常症の4種類の重複合併については抑制的に寄与していたが、4種類の重複合併例は少ないのでさらに多数例での検討が必要である。グルココルチコイドの影響をさらに明確にする目的で、主に補充されているハイドロコーチゾンについて補充量と代謝異常症合併について検討したところ、補充量は脂肪肝合併の増加に寄与していた。この結果は補充量が多いほど必要量より過剰になっている可能性を示唆するものであった。一方補充量は高血圧合併の低下に寄与していた。この結果はグルココルチコイド補充が高血圧合併の増加要因である結果とは矛盾しているが、補充量まで検討すると用量が多い例ほど副腎不全が強くむしろ補充前の低血圧が影響している可能性もある。
補充ホルモン総数と代謝異常症合併リスクの関係においては補充ホルモン総数は高TG血症、脂肪肝の合併増加、3種類の代謝異常重複合併の増加に寄与していた。その理由として補充ホルモン総数が多いほど食欲をコントロールする視床下部障害を合併しやすくなる可能性、ホルモン補充量の生理的必要量からのずれが重複されて代謝異常が助長される可能性などが考えられる。
以上の結果より、AGHDで指摘されている代謝異常症合併の要因としてGH以外の下垂体ホルモン欠損に対する補充ホルモンの影響も否定できないことが示された。さらに正確な解析には今後縦断的な前向き調査も必要である。
内分泌代謝疾患専門諸施設の調査ご協力と成長科学協会の研究助成に深謝いたします。
謝辞
参考文献
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Ann Intern Med. 137(3):190-6, 20029) Cook DM Shouldn't adults with growth hormone deficiency be offered growth hormone replacement therapy? Ann Intern Med 137(3):197-201, 2002 10) Murakami Y, Kato Y Hypercholesterolemia and obesity in adult patients with hypopituitarism: a report of a nation-wide survey in Japan. Endocrine J 50: 759-765, 2003