指定課題研究報告
「日本人の下垂体機能低下症患者を対象としたQOL尺度の開発(JAHQ)について」
国立病院機構 京都医療センター 臨床研究センター 島津 章
欧米において成人成長ホルモン分泌不全症を対象とした健康関連QOL尺度が開発され使用されているが、言語や文化的背景の相違から日本人にそのまま適用できるかどうか、疑念がある。アウトカム評価に使える、日本人に立脚した成人下垂体機能低下症に特異的なQOL尺度を独自に開発し、その妥当性の検証を目的とした。開発手順には、質的研究として下垂体機能低下症患者および専門医を対象に半構造的面接から特有な概念の抽出、整理を行い、概念モデル、下位尺度仮説、QOL質問項目プールを作成する。次に、パイロット研究として質的・量的検討、実施可能性に基づき項目を絞り込んだ後、多数の症例を対象に、信頼性と妥当性について計量心理学的評価を行い、治療前後の反応性を検証し、最終的なQOL尺度として完成させる。
研究要旨
下垂体機能低下症患者の評価は、その症状や重症度といった臨床的な評価だけでなく、その症状を有することで患者が受ける日常生活における身体的、心理的あるいは社会的な影響を無視することは出来ない。このような観点から、近年、QOLを評価することの重要性が議論されるようになってきた。健康関連QOLは、疾患や治療が、患者の主観的健康感や、毎日行っている仕事、家事、社会活動にどのようなインパクトを与えているか、これを定量化したものと定義されている。患者のQOL評価に当たって感度の高い評価を行うには、下垂体機能低下の症状に特異的なQOL質問票を使用することが望ましい。しかし、本邦で下垂体機能低下症に関する標準化された疾病特異的QOL質問票は、存在していない。国際的に使用されている尺度は欧米と文化的、社会的背景が異なる我が国で、そのまま適用できるかどうか、疑念がある。本研究では、アウトカム評価に使える、日本人に立脚した成人下垂体機能低下症に特異的なQOL尺度(JAHQ: Japanese Adult Hypopituitarism Questionnaire)を独自に開発し、その妥当性の検証を目的とした。
研究目的
QOL尺度には、MOS-Short Form 36(SF-36)で代表される包括的QOL尺度とそれぞれの疾患に特異的なQOL尺度がある。QOLの主要な構成要素には、身体機能、メンタルヘルス、社会生活機能、日常役割機能、満足度があげられ、QOL評価の質問項目を構築するには、QOLの概念モデルが重要となる。
研究方法
QOL尺度を評価する基準には、主観特性を測定するため、1.設問の理解しやすさ、回答時間などの条件、2.再現性、内的整合性に代表される信頼性(同じものを計っているか?)、3.基準関連性妥当性、構成概念因子妥当性、予測的妥当性などの妥当性(測定したいものをすべてカバーしているか?)、4.スコアリングや標準値による標準化ができるか?5.経時的変化に対する感度(反応性)がどうか?6.結果の解釈が可能か?などの項目がある。これまで欧米で開発されてきた既存の下垂体機能低下症や成人成長ホルモン分泌不全症の疾患特異的QOL尺度を、評価基準に照らして評価した。
欧米で用いられている既存の疾患特異的QOLは4つの尺度が報告されている。
研究結果
1.Growth Hormone Deficiency Questionnaire(GHDQ)
オーストラリアのCuneoら(1998)が報告した尺度で、成人成長ホルモン分泌不全症の治療に際し、Nottingham Health Profile (NHP)に追加して活力、気分、睡眠に関する30項目を取り上げVisual Analog Scaleにより評価している。
2.Modified Impact Scale and Life Fulfilment Scale(Modified IS and LFS)
Wallymahmedら(1996)が報告した尺度で、既存のImpact Scale 8項目に2項目を追加、およびLife Fulfilment Scale 10項目の内2項目を入れ替えして作られた20項目を4段階で評価している。
3.The Quality of Life − Assessment of Growth Hormone Deficiency in Adults (QoL-AGHDA)
イギリスのHolmesら(1995)、McKennaら(1999)が報告した尺度で、主に精神機能面に関する25項目が選ばれ、はい、いいえの2者択一の質問項目である。日本語版が開発され、下垂体機能低下症患者のパイロット調査がおこなわれた。ファイザー株式会社が版権を有している。
4.Questions on Life Satisfaction (QLS)
ドイツのHerschbachら(2001)が報告した。全体をカバーするQLS-A、全般的健康度を評価するQLS-G、および下垂体機能低下に特異的なモジュールであるQLS-Hの3つから構成され、それぞれの項目の人生に対する重要度を加味した満足度で評価する形式である。当初16項目であったが、最終的に9項目に減じられ、5段階で評価している。イーライリリー株式会社が版権を有している。
QOL尺度のうち、GHDQは成長ホルモン治療により有意に動かず、変化に対する感受性は低い。Modified IS and LFSは多数例を対象とした成績がない。QoL-AGHDA、QLS-Hは欧米で広く使用されており、ともに再現性、内部一貫性、成長ホルモン治療による反応性、包括的QOL尺度の併存妥当性がみられた。しかし、因子構造がはっきりせず、QoL-AGHDAは精神面のみ、QLS-Hは精神面と身体面が扱われ、内容妥当性は不十分であった。概念妥当性、外部基準妥当性は両者ともに明らかでない。QLS-Hは国民標準値を基準とした標準化が可能であり、国別で比較できる長所がある。
成人の下垂体機能低下症患者において、健常人と比較し、特に身体的、精神的活力や身体イメージに対する不満足、記憶障害など健康関連QOLの障害が報告されている。当初、包括的QOL尺度であるNHPやPsychological General Well-being Schedule (PGWS)、General Health Questionnaire (GHQ)、後にSF-36などの尺度により測定されている。包括的QOL尺度は健常人との比較が可能であるが、QOL障害と治療による改善は必ずしも全部の報告にみられたわけではない。成長ホルモン欠乏がQOLに及ぼす影響と成長ホルモン治療による効果を感度よく検出する目的で、疾患特異的QOL尺度が開発されたが、国際的に使用されている尺度が欧米と文化的、社会的背景が異なる日本において適用できるかは十分明らかではない。日本の成人成長ホルモン分泌不全症に対する成長ホルモン補充療法に関する臨床試験において、QOL項目の明確な変動は検出困難であった。そこで、日本人の国民性を考慮した疾患特異的QOL尺度を独自に開発し、科学的検証を行うことを計画した。
考察
今回、下垂体機能低下症に関する関連文献を検索し、欧米で用いられている既存の疾患特異的QOLを尺度評価の基準から検討したところ、QoL-AGHDA、QLS-Hはともに、因子構造がはっきりせず、内容妥当性が不十分であった。概念妥当性、外部基準妥当性も明確でなかった。したがって、QOL測定内容を明確化した上で日本人に立脚した概念モデル・下位尺度を作成することは大変意義深い。今後、開発手順には、質的研究として下垂体機能低下症患者および専門医を対象に半構造的面接から特有な概念の抽出、整理を行い、概念モデル、下位尺度仮説、QOL質問項目プールを作成する。次に、パイロット研究として質的・量的検討、実施可能性に基づき項目を絞り込んだ後、多数の症例を対象に、信頼性と妥当性について計量心理学的評価を行い、治療前後の反応性を検証し、最終的なQOL尺度の完成を目指す必要がある。
千原 和夫(主任研究者:神戸大学大学院医学研究科),石井 均(天理よろづ相談所病院),福原 俊一(京都大学大学院医学研究科),田中 敏章(国立成育医療センター),肥塚 直美(東京女子医科大学第二内科),羽二生 邦彦(羽二生クリニック),沖 隆(浜松医科大学第二内科),加治 秀介(兵庫県立看護大学),鈴鴨 よしみ(京都大学大学院医学研究科),萱間 真美(東京大学大学院医学研究科),橋 奈津子(NPO法人健康医療評価研究機構)
共同研究者
1. Cuneo RC, et al. J Clin Endocrinol Metab 83: 107-116, 1998
参考文献
2. Wallymahmed ME, et al. Clin Endocrinol 44: 403-411, 1996
3. Holmes SJ, et al. Endocrinol Metab 2: 63-69, 1995
4. McKenna SP, et al. Qual Life Res 8: 373-383, 1999
5. Herschbach P, et al. Eur J Endocrinol 145: 255-265, 2001
6. Blum WF, et al. J Clin Endocrinol Metab 88: 4158-4167, 2003