指定課題研究報告
低身長児および知的障害児の対人認知とQOLに関する研究
−「心の理論」の発達に関する基礎的研究
主任研究者 長田久雄 (桜美林大学大学院) 共同研究者 柿沼美紀 (日本獣医畜産大学) 宮尾益知 (国立成育医療センター) 紺野道子 (白百合女子大学)
最近、こどものこころの問題が新聞やテレビなどのマスコミにも頻繁に登場するようになってきた。特に、こども自身の対人関係や社会性に問題があるために、行動や情動の問題が生じることが指摘されている。このことと関連して、こころ、特に「こころの理論」の発達が注目されるようになってきている。
目的
「心の理論」は、チンパンジーの研究を行っていたPremackら(1978)が、チンパンジーが非言語的な実験を用いて、どれだけ人間の行動を予測できるかという課題から始まった。この実験では、チンパンジーが直接見ることができない他者の考えていること(心的世界)を理解していることが証明された。この「心の理論」の考えを適用して、WimmerとPerner(1983)は子供が他者の表象を理解しているかを明らかにするために、誤信念の課題を考案した。この課題は、ある人形が、菓子を部屋のどこかにしまい部屋を出る。その間に別の人形が菓子を別の場所に移動させる。被検者は、最初の人形が部屋に戻って来て菓子を食べようとしたら、どこを探すか訪ねられる。3歳児は、実際に菓子が隠されている新しい場所と答える。しかし4歳児はこの問いに正しく答えられる。このように現実と異なった考えを誤信念といい3歳児は、表象の考えが十分理解できていないために、他者の考えている内容が理解できないが、4歳児では可能であると考えられている。この課題の設定を誤信念課題といい、自閉症に応用するためにより簡便化されたものが「サリーとアンの課題」(Barcon-Cohen,1985)である。また、Pernerらは筋書きのない誤信念課題も考案している(1987)。マーブルチョコのような筒(イギリスの菓子でスマーティーズ)を見せ、子供に何が入っているか尋ねる。子供は、スマーティーズと答えるが、中を見ると鉛筆が入っている。次に子供に、「まだ箱の中身を見ていない友達は何が入っていると思うか」と尋ねる。3歳児の多くは、「鉛筆」と答える。すなわち、3歳児の子供が、前述の課題ができないのは、筋書きを追えないのではなく、他者の心的状態の理解ができないからだと考えることができる。このような、「心の理論」の形成には、背景にある認知メカニズムを考慮すると、生得説、シミュレーション説、理論説など様々な考え方がある。以上の観点から「心の理論」検査セット:表情の理解、誤信念課題、(1)、誤信念課題(2)、誤信念課題(3)、語彙表象が考案された(森永ら、2003)。
臨床への応用として、自閉症児や精神遅滞児と健常児の比較研究、LD児における研究などが数多くある。同じ心の理論課題でも、課題の種類によって通過年齢が異なることが報告されている。つまり、このような障害のタイプによって異なる特性や、課題によって異なる通過年齢の特性を用いることで、初期の段階で社会的認知に偏りのある子供をスクリーニングすることは可能であると思われる。一方、成長障害のある子供たちには、低身長による二次的な問題として様々な心の問題が生じる可能性があることは以前より指摘されているが、認知あるいはこころの発達にどのような影響があるのか、あるいは一時的に問題があるのかについては明らかではない。今回我々は、前述のキットを用いて成長障害、特に下垂体性小人症におけるこころの発達について問題点を明らかにし、早期から成長障害児に対するこころのケアを行うことを目的として、得られている健常児のデーターとまず発達遅滞、注意欠陥/多動性障害、広汎性発達障害などの発達障害児のこころの発達について検討を行い、同時に内分泌科を受診している発育障害児についても検討を行った。
検査期間:2003年1月〜3月
方法
対象児(者):対象児(者)の、性、年齢別人数を表−1に示す。
診断:性別の診断による分類を表−2に示す。
手続き: 心の理論課題発達検査(柿沼他,1999;紺野他,1999;紺野他,2001)を対象児全員に個別に施行した。課題は,幼児・児童に対する検査の訓練を受け臨床経験を有するテスターによって行った。 課題: @表情の理解課題,Aげた箱課題,Bはさみ課題,Cウサギのクレヨン課題,D語彙課題からなり,ABCが誤信念課題である。ACは,登場人物が見ていない隙に物の置き場所を変えて,戻ってきた登場人物が物を出すためにどこを見るかを問う課題であり,Bは容器の中身を被験児の前で入れ替えて,それを知らない人が中身をどう答えるかを問う課題である。 判定基準: 誤信念課題(3題)の正答数、表情の理解得点などから、「問題なし」〜「問題あり」までの4段階に分けた。 表−3には、診断別に心の理論課題検査の判定人数を示した。( )内は、平均月齢である。「やや問題あり」「問題あり」と判定された子どもを見てみると、PDD、MRの子どもは比較的年齢が高く、アスペルガー症候群、LD他の子どもは比較的年齢が低かった。低身長の子どもの半数は、「問題なし」だったが、残りの半数には何らかの問題が見られた。
結果
表−4には、低身長児の心の理論課題検査結果の内訳を示した。
今回の検査結果からは、低身長児について、心の理論から得られる発達に問題のある症例が、多く認められた。これらの異常が低身長の原因疾患によるのか、あるいは二次的な要因によるのかについては明らかではないが、症例を増やすことにより詳細な検討がなされると思われる。また、様々な疾患について、認知あるいはこころの発達についての多くの情報が得られているが、得られた結果を子供にどのように返すのかあるいは指導にどう生かすかについてのプログラム開発も必要と思われる。低身長を含めた内分泌疾患、未熟児、長い入院のある子供たちについても平行して検討を行っていきたい。
考察
今回使用したキットは保育・教育現場でスクリーニングとして用いられるように作成されている。従って結果の解釈も相応年齢を出すことと、半年後に再検査が必要であるか、発達相談を受診すべきかといったレベルにとどめてある。実際には結果をより詳細に検討することや、行動観察と比較検討することで、子どもの発達の特性を把握することが可能である。しかし、マニュアルではそのような結果の解釈については言及されていないため、検査者の経験に依存する部分が大きい。今後は小児科外来でさまざまな発達障害を持った子どもたちに適応できるようなマニュアルの作成が早急に必要であると考える。 また、小児科の外来で検査を行いその結果を参考に保護者に対して適切な指導を行う必要がある。子どもの発達の特性にあわせたトレーニングキットがあれば、集団のソーシャル・スキル・トレーニングなどのグループ治療と平行して保護者が家庭でもより効率良く子どもと関わることが可能になるのではないだろうか。集団のトレーニングへの参加が難しい場合にも、また不安の大きい保護者に対しても、不安軽減の意味でも有効と考える。発達に偏りのある子どもたちが日常生活の中で社会認知のトレーニングができるようなキットの開発が求められる。
今後の検討課題
文献
Barcon-Cohen,S., Leslie,A.M. & Frith, U.(1985) Does the autistic child have a ‘theory of mind? Cognition, 21, 37-46.
柿沼美紀・紺野道子(1999) 心の理論課題の臨床への応用(1)、白百合女子大学発達臨床センター紀要、2、13-21.
紺野道子・柿沼美紀・黛雅子・森永良子・寺山千代子(1999) 心の理論課題の臨床への応用(2)−LDおよびLD周辺の発達障害児に関する検討−、白百合女子大学発達臨床センター紀要、2、22-29.
紺野道子・柿沼美紀・黛雅子・森永良子 (2001) 心の理論課題の臨床への応用(4)、白百合女子大学発達臨床センター紀要、4,19-27.
森永良子他(2003) TOM心の理論課題検査法−幼児・児童社会認知発達テスト−、文教資料協会
Perner,J., Leekam,S.R. & Wunner,H.(1987) Three-year-olds’ difficulties with false belief task: The case for a conceptual deficit. British Journal of Developmental Psychology, 5, 125-137
Premack,D. & Woodruff,G.(1978) Does the chimpanzee have a theory of mind? The Behavioral and Brain Sciences, 4, 515-526.
Wimmer,H. & Perner,J.(1983) Beliefs about beliefs :Representation and constraining function of wrong beliefs in young children’s understanding of deception. Cognition, 13, 103-128.