指定課題研究報告
学童の甲状腺容積と尿中ヨード排泄量に関する研究


布施養善1)、紫芝良昌2)
東邦大学医学部新生児学教室1)、三宿病院2)


は じ め に

 ヨード欠乏症(IDD:Iodine deficiency disorders)はヨード摂取不足による甲状腺ホルモン産生障害に起因するさまざまな症状を示す。現在、世界人口の約半数がヨード不足地域に居住し、159カ国中84国(53%)がヨード不足と考えられている、1)。ヨード不足の程度を評価する疫学的方法は学童期の児童を対象に超音波による甲状腺腫大の頻度と尿中ヨード排泄量の測定である2)。一般に甲状腺腫大の判定基準はWHOがヨード欠乏症の存在しないヨーロッパの学童の甲状腺容積から作成したものが使用されている3-4)。しかし近年、この基準の妥当性に疑問を投げかける報告が相次ぎ、2001年、WHOとICCIDDはこの基準について測定者間誤差を修正した暫定的改定基準を示した5-6)
 日本は古来からヨード欠乏症が存在しない世界でも数少ない国であるが、学童の甲状腺容積についての報告はほとんどない7)。本研究の目的は東京の学童について甲状腺容積の正常値と尿中ヨード排泄量を測定することである。


対 象 と 方 法

対 象:東京都目黒区教育委員会の協力と承認のもとに、区内の公立小学校21校に調査内容を説明し、協力を要請した。うち、3校、東山小学校、大岡山小学校、上目黒小学校において、WHOの調査方法に基づき、1から6学年の各学年から男児50名、女児50名、合計600名を予定調査対象とした。事前に児童の両親には文書によって検査の承諾を得た。
方 法:平成14年10-11月に調査をおこなった。身長と体重を測定後、超音波断層診断装置(アロカSSD-500、7.5MHz)を用いて甲状腺容積を測定した。甲状腺容積は各葉の短径、前後径、長径を測定し、Brunnの計算式8)で算出した。尿の検体は各学童が自宅で検査の前日の夜に採取し、冷蔵庫に保管し、当日、持参した。尿中ヨードは大橋ら9)によるマイクロプレート法によって定量した。測定は2回行い、平均値を測定結果とした。測定間と測定内変動係数は各4.8-5.9%、15%であった。尿中クレアチニン濃度は酵素法によって測定した。尿中ヨード濃度はμg/Lとクレアチンによる補正値、μg/gCreであらわした。
統計学的検定はStudent t-test、Pearson's testを用いた。甲状腺容積と尿中ヨード濃度の分布は正常分布しないことが知られているため、対数変換によって、中間値(50パーセンタイル値)と97パーセンタイル値を算出した。


結 果

 6歳から12歳の男児337名、女児317名、合計654名の学童において調査がおこなわれた。

1.年齢別甲状腺容積
 甲状腺容積は0.8-8.5mlで平均(標準偏差)値は2.7(1.1)mlである。年齢別、男女別の甲状腺容積を表1に示す。甲状腺容積の平均値は男児では8歳まで、女児では9歳まで、有意差がなく、その後、増加していくが、11歳と12歳では平均値の差はなかった。すべての年齢において甲状腺容積の平均値は男児と女児の間に有意差はなかった。





2.体表面積別甲状腺容積
  体表面積の増加とともに甲状腺容積も増加した。体表面積別甲状腺容積の平均値は男児と女児の間に有意差を認めなかった。





3.甲状腺各葉の容積の比較
  すべての年齢において、男児、女児とも左右両葉の容積には差がなかった。また男児と女児で各年齢別に各葉の容積を比較しても差はなかった。





4.甲状腺容積と年齢、体重、身長、体表面積との相関
  甲状腺容積と年齢(r=0.57)、体重(r=0.57)、身長(r=0.60)、体表面積(r=0.61)との間に正の相関を認めた(図1)。

5.日本人学童の甲状腺容積の基準値
  年齢別、体表面積別に50,97パーセンタイル値をWHO/ICCIDDの基準と比較して表4の1と2に示す。






 WHO/ICCIDDの年齢別基準値と比較すると日本人学童の甲状腺容積の中間値はすべての年齢で9-25%少ない。カットオフ値である97パーセンタイル値も6歳女児を除き、2-24%小さい。
 体表面積別に比較すると、日本人学童の甲状腺容積の中間値と97パーセンタイル値は、体表面積1.9cuの女児の97パーセンタイル値を除き、それぞれ9-34%、2-38%WHO/ICCIDD基準値より少ない。
 WHO/ICCIDDの97パーセンタイル値を越える甲状腺容積の学童の頻度は年齢別では0.9%(654例中6例)、体表面積別では2.3%(15例)であった。

6.欧米のカットオフ値との比較
  年齢と体表面積別にWHO/ICCIDDのカットオフ値、欧米のヨード欠乏症の存在しない主な国のカットオフ値と比較した(図2−3)。年齢別の日本人のカットオフ値は6歳まで、体表面積別では0.9cu 以下は欧米の値とほぼ同じであるが、それ以降は小さかった。

7.尿中ヨード濃度
  尿中ヨード濃度は14.9から30,81μg/Lで中間値は152.5μg/Lであり、100μg/L未満の学童は6.7%(654例中44例)であった。クレアチニン補正尿中ヨード濃度は42.7から50,616μg/gCreで中間値は305μg/gCreであった。尿中ヨード濃度はクレアチニン補正前の値ならびに補正後の値も甲状腺容積、年齢、身長、体重、体表面積のいずれとも相関関係を認めなかった。

8.身体発育
  対象例の身長と体重を平成13年度厚生労働省の学校統計調査報告書による標準発育曲にあてはめると、低身長の学童の率は0.6%(654例中4例)であった。


考 案

今回の調査地域は東京の山の手の住宅地区で、学童の身体発育は標準であり、生活水準、食生活も日本で平均的なものと推測された。ヨーロッパの標準値と比較すると、中間値、カットオフ値ともに日本人の甲状腺容積値は小さかった。甲状腺の大きさに影響する因子は人種、食生活、ヨード摂取、栄養状態などがあるが、今回の高い尿中ヨード排泄量で示されたように、ヨード摂取量が大きな影響を与えているものと考えられる。
 現在、世界でヨード欠乏の存在しない国は72カ国で、ヨード摂取過剰は2カ国と考えられる。日本は従来から海草類に代表されるヨード含有量の多い食品を摂取する習慣があるため、一日尿中ヨード排泄量は平均739-3,286μgと報告されている10)。近年、即席食品、調味料などにヨードが多く含まれていることが報告されており、学童の食生活についての調査も必要と考えらる。
 本研究の結果はヨード欠乏症の存在しないアジア系人種で、栄養障害、身体発育障害のない健康な学童の甲状腺容積の標準値であり、各国、特にアジアの国々におけるヨード欠乏症の評価に重要な役割を果たすものと考えられる。 


文 献

1) Dunn JT (2003) ICCIDD monthly update, February 2003.
2) WHO/UNICEF/ICCIDD (1994) Indicators for assessing iodine deficiency disorders and their control through salt iodization. WHO/NUT/94.6 Geneva.
3) WHO/ICCIDD (1997) Recommended normative values for thyroid volume in children aged 6-15 years. Bulletin of the world health organization, 75(2), 95-97.
4) Delange F et al. (1997) Thyroid volume and urinary iodine in European schoolchildren: standardization of values for assessment of iodine deficiency. European Journal of Endocrinology, 136, 180-187.
5) Zimmermann MB et al. (2001) Toward a consensus on reference values for thyroid volume in iodine-replete schoolchildren: Results of a workshop on inter-observer and inter-equipment variation in sonographic measurement of thyroid volume. European Journal of Endocrinology, 144, 213-220.
6) Zimmermann MB et al. (2001) Updated provisional WHO/ICCIDD reference values for sonographic thyroid volume in iodine-replete school-age children. IDD Newsletter, 17:(1),12.
7) Ueda D (1990) Normal volume of the thyroid gland in children. Journal of Clinical Ultrasound, 18, 455-462.
8) Brunn et al. (1981) Volumetrie der Schilddrusenlappen mittels Real-time-Sonographie. Deutsche Medizinische Wochenschrift, 106:1338-1340.
9) Ohashi et al. (2000) Simple microplate method for determination of urinary iodine. Clinical Chemistry, 46, 529-536.
10) Nagataki S (1993) Japan : status of iodine nutrition. IDD Newsletter, 9:(1)11.












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