指定課題研究報告
ヨード摂取と甲状腺機能に関する研究:学童の甲状腺容積と尿中ヨード排泄量に関する研究


旭川医科大学小児科
   伊藤善也、上田 修、藤根美穂、向井徳男、中江 淳、藤枝憲二
Laboratory for Human Nutrition, Swiss Federal Institute of Technology
   Zimmermann MB、Hess SY
日立化成工業株式会社医薬品研究所
   大橋俊則
三宿病院
   紫芝良昌





はじめに

 ヨード欠乏による甲状腺機能低下症は世界的には未だに克服されていない問題であり、学童における甲状腺腫の罹患率がその地域におけるヨード欠乏状態を反映する指標とされている。すなわち5%以上の学童に甲状腺腫を認める場合はその地域がヨード欠乏状態にあることを示唆している1)。このような甲状腺腫は視診や触診で容易に判定されうるが、判定のばらつきが大きいことが問題である2)。これに対して超音波断層法を用いた甲状腺容積測定は客観的な判定を行えるように考えられたが、測定者間差の存在が明らかとなった3)。そこでWorld Heath Organization ( WHO ) およびInternational Council for the Control of Iodine Deficiency Disorders ( ICCIDD )ではヨードが十分に供給された地域における、学童の甲状腺容積を同一方法で測定し、甲状腺容積の世界標準を作成する調査を計画した。また従来から用いられていたヨード測定方法は煩雑であったが、最近になって簡易に測定できるシステムが開発された。そこで甲状腺容積測定とともに尿中ヨード測定を平行して行うこととなった。すなわち本研究はWHO/ICCIDDプロジェクトの一環として開始された。


方法

 北海道教育大学教育学部附属旭川小学校および中標津町立中標津東小学校の1年生から6年生を対象とした。保護者からの書面で同意が得られた599名(旭川314名:中標津285名、男307名:女292名)の児童に対して、身長と体重の測定、甲状腺容積測定と尿採取を実施した(表1)。
 測定場所(保健室)に集合し、軽装で身長と体重を測定した。身長と体重から次式2)で体表面積を求めた。体表面積(m3)=身長(cm)0.425×体重(kg)0.725×71.84×10-4
 甲状腺容積測定に用いた超音波断層装置はアロカ社製SSD-500である。被験者を椅子に座わらせて、背もたれに背中をつけてから頚部を伸展させる。次に体軸に垂直に4cm 7.5MHzリニアプローブを前頚部に当てて甲状腺両葉と気管を描出する。甲状腺横径(W)が最大になるところで画像を固定して両葉の横径と深さ(D)を測定する。次に両葉について体軸と平行にプローブを置き直し、甲状腺像が最大となるところで画像を固定して縦径(H)を測定した。右葉と左葉について、求めた測定値から次式4)を用いて容積を算定し、両葉を合算して甲状腺容積とした。甲状腺容積(ml) 0.479×W(cm)×H(cm)×L(cm)。
 なお附属旭川小学校ではZimmermann MBとHess SYが、中標津東小学校ではZimmermann MBが甲状腺容積測定を行った。また採取した尿は測定まで−20℃に凍結保存した。なお尿中ヨードはSandell-Kolthoff反応5)を利用した日立化成密封型96穴マイクロプレート6)を用いて測定した。






結果

 1.年齢別甲状腺容積

 甲状腺容積を対数変換し、平均値と標準偏差を求めた(図1、表2)。






 2.体表面積別甲状腺容積

 男女別体表面積別に甲状腺容積を表した。対象を体表面積で6分割し、甲状腺容積を対数変換してから平均と標準偏差を求めた。




 3.尿中ヨード排泄量

 尿中ヨード排泄量は附属旭川小学校と中標津東小学校の対象間で大きな差があった。すなわち附属旭川小学校では濃度単位で表示したときの中央値は296.4μg/Lであるのに対して、中標津東小学校では728.6μg/Lであった。また正常域(100〜300μg/L)を逸脱する割合は附属旭川小学校で100μg/L未満が4.9%、300μg/L以上が49.7%、中標津東小学校では100μg/L未満が6.2%、300μg/L以上が76.9%であった。




4.甲状腺容積と尿中ヨード排泄量

 甲状腺容積を年齢別にパーセンタイルで表し、尿中ヨード排泄量(クレアチニン比)と比較した(図4)。甲状腺容積パーセンタイルと尿中ヨード排泄量には有意な相関関係はなかった。





考案

 今回は旭川市と中標津町の小学生を対象として甲状腺容積と尿中ヨード排泄量の調査を行った。日本において学童を対象とした甲状腺容積調査が大規模に行われたことはないので、本研究は日本人学童甲状腺容積の標準値を提供したことになる。ただしこのreferenceを用いる場合には少なくとも甲状腺の測定方法と甲状腺容積の計算方法を統一しなければならない。
 甲状腺容積はヨード摂取量の影響を受けるので、このような調査ではヨード排泄量の分析を欠かすことはできない。今回は旭川と中標津の学童間でヨード排泄量に大きな差があった。旭川市の調査は8月30日、31日に行い、中標津は11月13日、14日に行ったので、季節差がその理由とも推測された。しかし実際には尿が濃縮される夏に行った旭川の方が排泄量が少なかったし、ヨード排泄量をクレアチニンで補正しても同様の差が生じたので、単純に濃度の相違とは言いがたい。また中標津町は比較的内陸部に位置することに加え、調査対象者の保護者の多くは給与労働者で漁業を営むものはおらず、比較的都会型の勤務形態を取っている。したがって地域固有の事情があるとは考えがたい。食生活の具体的内容やヨード排泄量の日差変動などを詳細に解析しなければ、これらに対する答えは得られないであろう。
 このような尿中ヨード排泄量の差にもかかわらず、甲状腺容積は二つの小学校間で大きな差はなかった。また甲状腺容積を年齢別にパーセンタイル化して表したものと尿中ヨード排泄量(クレアチニン比)には相関がなかった。したがって本研究からは十分量以上のヨード摂取が確保されている地域の6歳から12歳という学童期において甲状腺容積はヨード摂取量に大きな影響を受けないと言える。


まとめ

 北海道の旭川市と中標津町の学童599名を対象として、甲状腺容積とヨード排泄量を調査した。6歳から12歳について甲状腺容積に関するreferenceを作成した。またこれらのコホートではヨード排泄量と甲状腺容積には明確な関係は見いだせなかった。


謝辞

 調査にご協力いただきました北海道教育大学教育学部附属旭川小学校と中標津町立中標津東小学校の児童の皆様と保護者の皆様に感謝を申し上げます。また調査の準備などでご協力いただきました、北海道教育大学 森永正治教授、中村公子教授、同附属旭川小学校 沓澤昭一副校長、安部なお教諭、町立中標津病院 栗林弘院長、富沢浩一医長、中標津町教育委員会 横内建夫教育長、中標津町立中標津東小学校 松井信輝校長、山崎成美教諭に深謝申し上げます。


文献

1)World Health Organization/United Nations Children’s Fund/International Council for the Control of Iodine Deficiency Disorders. Assessment of iodine deficiency disorders and monitoring their elimination. A guide for programme managers. Geneva: WHO, 2001. (WHO/NHD/01.1.)
2)Zimmermann MB, Saad A, Hess SY et al. Thyroid ultrasound compared to WHO 1960 and 1994 palpation criteria for determination of goiter prevalence in regions of mild and severe iodine deficiency. Eur J Endocrinol 2000;143:727-31.
3)Zimmermann MB, Molinari L, Spehl M, et al. Toward a consensus on reference values for thyroid volume in iodine-replete schoolchildren: results of a workshop on interobserver and interequipment variation in sonographic measurement of thyroid volume. Eur J Endocrinol 2001; 144: 213-220.
4)Brunn J et al. Volumetrie der Schilddrusenlappen mittels Real-time-Sonographie (Volume measurement of the thyroid using real-time sonography.) Dtsch Med Wochenschr 1981; 106: 1338-1340 (in German).
5)Sandell EB, Kolthoff IM. Micro determination of iodine by catalytic method. Microchem Acta 1937;1:9-15.
6)Ohashi T, Yamaki M, Pandav CS, Karmarkar MG, Irie M. Simple microplate method for determination of urinary iodine. Clin Chem 2000; 46: 529-536.



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