指定課題研究報告
ヨード摂取と甲状腺機能に関する研究:
学童の甲状腺容積と尿中ヨード排泄量に関する研究
研究報告書
1) 学童の甲状腺容積と尿中ヨード排泄量に関する研究(旭川・中標津における調査)
伊藤善也・上田 修・藤根美保・向井徳男・中江淳・藤枝憲二・Zimmermann MB, Hess SY,
大橋俊則・紫芝良昌2) 学童の甲状腺容積と尿中ヨード排泄量に関する研究(東京都目黒区における調査)
布施養善・紫芝良昌3) ヨード摂取の十分な地域における学童の甲状腺容積に関する研究:新たなWHO基準値の
策定を目指して
Zimmermann MB, Hess SY, Molinari L, de Benoist B, de Lange F, Braverman L, Pearce E,
Jppste PL, Moosa K, Pretell LA, 伊藤善也、紫芝良昌
研究代表者
国家公務員共済組合連合会 三宿病院
紫芝良昌
甲状腺機能を正常に維持する事は人間の成長・発育・成熟にとって不可欠である。この事情は生下時から甲状腺ホルモンを欠乏しているクレチン症では、知的発育の障害、身体的な成長障害が起こることから見て取れる。甲状腺ホルモンの過剰は、成長を早熟的に促進する。高齢者にあっては、甲状腺ホルモンの低下は痴呆を、その過剰は 心疾患死亡率の増加を招くことが知られており、甲状腺ホルモンの正常な維持が人類の健康にいかに必要かをものがたっている。甲状腺機能は食事から摂取されるヨード量の影響を受ける。世界の人口の三分の一はヨード欠乏地域に住み、ヨード欠乏から起こる甲状腺機能低下症を起こす危機に見舞われている。ヨードの欠乏は、種々な方法で改善、補充できるから、これを早期に発見して、適切な対応、例えば日常家庭で使用する食塩にヨードをまぶす、などして是正することにより、ヨード欠乏の害を防ぐことが出来る。これは人類の健康の維持に関心のある、ヨード欠乏症対策国際委員会(ICCIDD)や世界保健機構(WHO)が重大な関心を寄せる事柄でもある。
ある地域の住民がヨード欠乏状態にさらされているかどうかを判定することは案外困難な作業である。例えば尿中ヨード量を測定するとする。これは確かにその時点でのヨードの摂取量の指標ではある。しかし、甲状腺機能に影響を与えるのは、長期にわたるヨードの摂取量であるから、尿中ヨードの測定も定点観測のように長期にわたって繰り返し測定される必要がある。これは手間も費用も大変で世界のどの地域でも行えるというものでない。一方、学童の甲状腺はヨード不足に敏感で学童における甲状腺腫の頻度がこれまで、地域のヨード不足を物語る指標として利用されてきた。例えば甲状腺腫が5%以上である地域はヨード不足と考えられるなどである。この甲状腺腫の検出方法として、視診・ 触診がもっぱら使われてきたが、超音波検査により甲状腺容積を測定すれば、より客観的な指標が得られる筈である。その比較基準値としてヨードの十分な地域における学童甲状腺容積値を求めておけば、ある地域の学童の甲状腺測定値をそれと比較することにより、地域のヨードの不足を判定できる可能性がある。そこでWHOは日本をはじめ、ヨード摂取量の十分な世界の諸地域を代表的な民族を含み得るように選び、学童の甲状腺容積測定を行うことを提案した。その際、ヨードの摂取の検証として尿中ヨード量の測定が不可欠であり、日本には既に入江らが開発したマイクロプレート法による測定が利用可能になっていたから、これを導入する事を提案してWHOに協力するとともに、日本における学童の甲状腺容積測定に関し、旭川医科大学小児科学教室(藤枝憲二教授)の協力を得て、旭川教育大付属小学校、および中標津小学校の学童について、調査を行った。この結果は伊藤善也助教授を筆頭著者とする調査報告に記載され、この原資料に基づいて、Zimmermannを筆頭著者とする調査報告書「ヨード摂取の十分な地域における学童の甲状腺容積に関する研究:新たなWHO基準値の策定を目指して」が作成され、日本とその他の地域の比較検討がなされた。この二つの報告では、ほとんどすべての甲状腺容積測定は、ZimmermannとHessの二人によって、同一機種の測定装置によってなされ、機種による、あるいは測定者による容積測定の誤差が最小になるように企画され実施された。この成績によれば、年齢別・体表面積別の甲状腺容積は日本の学童(北海道の)がもっとも大きいことになっている。
上記二つの研究での問題点は、甲状腺容積測定が実質上、二人の測定者のみ(二人の測定者間の誤差は驚くほど少ない)によってなされた事である。このことは、正確な比較基準値を得たい、と言う目的にはまさにかなう、研究上の長所であるが、逆に、例えばヨード欠乏地域における甲状腺容積測定も、この二人が行わない限り、基準値と比較出来ないのではないか、と言う危惧の念を生む元ともなっている。 実際に布施養善氏を筆頭著者とする東京都目黒区の学童を対象とした研究報告では、測定は旭川医大グループと同一の機器を使用し、測定は超音波検査技師2名と布施医師とが、ほぼ等分に担当した。この3名の測定者は、Hessが東京で2002年8月東京で開催したミニカンファランスにおいて実技を学び、且つ、測定の一部はZimmermannが自らsuperviseと助言を行ったのである。これらは、通常では異なる測定者間の測定誤差を可及的少なくする、標準的な手段であると言って良い。布施氏らの東京における測定値は、北海道における測定値と年齢あたりでも、体表面積あたりでも有意な差は認められないから、上に述べた危惧は当たらないことが示された。布施氏は2001年のWHOの比較基準値、それ以前のヨーロッパで得られた基準値と今回の値を比較して、日本の学童の甲状腺容積は比較的小さい、としているが、Zimmermannの論文に詳述されているように、これらの基準値は種々な理由で「大きすぎる」のである。比較のため伊藤論文、布施論文双方の日本人学童の甲状腺容積をZimmermannらの論文の値と比較すると、両者がほとんど同一であることが見て取れる。
以上から結論づけられることは、
@ 日本人学童の甲状腺容積に関して、世界共通の基準値が作成された。 A 日本人学童の甲状腺容積は、年齢別、体表面積別でも男女で差はなく、且つ尿中ヨード量の平均値が東京152、旭川296、中標津728ug/dlと大きく隔たっているにも拘わらず、問題となる差を生じなかった。 B 日本人学童の甲状腺容積はヨード摂取の十分な世界の他の5地域のそれと比較すると 有意に大きかった。その理由はヨード以外の因子に求めねばならないと思われる。 C 超音波断層法による甲状腺容積測定は方法を厳密に守れば、誰でもほぼ同一の値を出すことの出来る技術であり、今後WHOから測定法に関するパンフレットを出版することにより、世界共通の標準値を用いて、ヨード欠乏地域の検索を行うことが可能となった。