指定課題研究報告
成人下垂体機能低下症の生命予後


島根医科大学第一内科 村上宜男



【はじめに】

 欧州における疫学調査では、下垂体機能低下症患者の血管障害による死亡率は、年齢、性別で標準化した期待値に比較して高いことが報告されている (1)。
 本邦では、平成4年度施行の全国疫学調査において下垂体前葉機能低下症患者の死亡年齢は平均約55歳と若年であったが、死因については副腎不全を除いては特別の傾向は認められなかった (2)。
 平成13年度施行の成人下垂体機能低下症全国疫学調査では、ホルモン補償療法中に出現した合併症として高脂血症、糖尿病、高血圧など血管障害の危険因子となる疾患については多数の報告例が得られたが、狭心症などの心疾患、脳梗塞の発症はそれぞれ6例のみであった (3)。したがって、本邦の成人下垂体機能低下症患者においては心血管系疾患の発症やこれらによる死亡は多くはないが、これには高脂血症治療薬や循環器用薬を用いた危険因子の治療が寄与している可能性が考えられた。
 今回は成人下垂体機能低下症の生命予後および予後不良に関与する因子についてより詳細に検討した。


【方法】

 平成13年度施行の成人下垂体機能低下症に関するアンケート調査票を基にして、死亡例の病態について検討した。


【結果】

 平成12年1年間の死亡例として14例が報告された。直接死因のうち脳出血2例、心不全1例、突然死1例で、血管障害による死亡は少数であった(表1)。
 死亡例14例のうち、下垂体機能低下症の原疾患が非腫瘍性疾患のものは2例のみで、他の12例では腫瘍性疾患を有していた。腫瘍性疾患12例のうち、非機能性下垂体腺腫が5例、頭蓋咽頭腫が4例、その他が3例であった(表1)。非機能性下垂体腺腫では、24歳で死亡した1例を除いて他の4例の死亡年齢は69ないし75歳であった。一方、頭蓋咽頭腫患者の死亡年齢は39ないし48歳で、発症後2ないし6年後に死亡した。
 非機能性下垂体腺腫5例のうちMR検査が施行された3例全例でマクロアデノーマの上方進展が認められた。非機能性下垂体腺腫と頭蓋咽頭腫の全例で手術が施行され、このうち5例が開頭術であった(表2)。非機能性下垂体腺腫の1例と頭蓋咽頭腫の2例で放射線照射が施行された。非機能性下垂体腺腫と頭蓋咽頭腫を除く腫瘍性疾患3例では原疾患に対する手術は行われなかった。機能的には、多くの症例が多種類のホルモン分泌障害を合併していた。また、 4例は体温調節異常を、 7例は視力視野障害を有していた(表3)。


【考察】

 下垂体機能低下症は、視床下部下垂体の種々の異常ならぴに原疾患に対する手術や放射線照射の結果、一つ以上の下垂体前葉ホルモンの分泌が恒常的に障害された疾患である。原疾患とそれに対する治療、分泌障害ホルモンの組み合わせとホルモン補償療法、さらに合併症の発現によって多様な病態が形成される。
 今回の調査成績において、死亡例は非機能性下垂体腺腫(5例)と頭蓋咽頭腫(4例)を原疾患とするものに多く、成人下垂体機能低下症全体の原疾患 (3) を考慮すると、上記2疾患を含む腫瘍性疾患の予後が不良であると考えられる。特に頭蓋咽頭腫を原疾患とするものでは死亡年齢が若年で罹病期間が短期間であることから生命予後が不良である可能性が示唆された。
 下垂体機能低下症患者では、年齢、性別で標準化した期待値に比較して血管障害による死亡率が高いことが報告され、GH欠損症の関与が推定されている (1)。さらに、補償療法を受けていないゴナドトロピン(Gn)分泌低下症において死亡率が高いことも報告されており (4)、これらはホルモン分泌障害が下垂体機能低下症患者の生命予後関与することを示唆するものである。放射線照射については、照射を受けた患者では脳血管障害による死亡率が高い可能性が示された (4)。一方、下垂体腺腫患者における血管障害の発症には放射線照射よりもホルモン分泌障害の期間の重要性を示唆する成績も報告されている (5)。
 今回の検討によって、死亡例は原疾患の病変の拡がりが広く、放射線照射を含めた侵襲的な治療が行われている例が多く、機能的にもホルモン分泌障害、視床下部障害ともに高頻度であることが明らかとなった。したがって、本邦の成人下垂体機能低下症患者の生命予後評価に際して、GH欠損症を含むホルモン分泌障害の重症度と原疾患の拡がりや治療の侵襲度を分離して評価することは困難であると考えられる。


【結論】

 非機能性下垂体腺腫と頭蓋咽頭腫が死亡例の多くを占め、頭蓋咽頭腫では若年で死亡し、罹病期間も短期間であった。死亡例では侵襲の強い治療を受けた例や多種類のホルモン分泌低下を合併する例が多く、体温調節異常や視力視野障害も高頻度に認められた。
 以上の成績から、成人下垂体機能低下症患者のうち高度の機能障害を有する腫瘍性疾患、特に頭蓋咽頭腫を原疾患とするものでは生命予後が不良であることが示唆される。



【文献】

  1. Rosén T, Bengtsson B-Å: Premature mortality due to cardiovascular disease in hypopituitarism. Lancet 336: 285-288, 1990.
  2. 對馬敏夫:わが国における下垂体前葉機能低下症の実態について.厚生省特定疾患間脳下垂体機能障害調査研究班(班長:入江 実)平成7年度総括研究事業報告書、61-64, 1996.
  3. 村上宜男、横山徹爾、大磯ユタカ、加藤 讓:疫学調査からみた成人下垂体機能低下症の臨床像.厚生労働省特定疾患間脳下垂体機能障害調査研究班(班長:加藤 讓)平成13年度研究事業報告書、170-176, 2002.
  4. Tomlinson JW, Holden N, Hills RK, et al.: Association between premature mortality and hypopituitarism. Lancet 357: 425-431, 2001.
  5. Erfurth EM, Bülow B, Svahn-Tapper G, et al.: Risk factors for cerebrovascular deaths in paatients operated and irradiated for pituitary tumors. J Clin Endocrinol Metab 87: 4892-4899, 2002.



表1 死亡例14例の下垂体機能低下症の病因と直接死因

     性別 年齢 発症から死亡までの年数 下垂体機能低下症の病因 直接死因
腫瘍性疾患
1 F 24 不明 非機能性下垂腺腫不明
2 M 69 不明 非機能性下垂腺腫急性心不全
3 F 70 19 非機能性下垂腺腫悪性リンパ腫
4 M 71 不明 非機能性下垂腺腫脳出血
5 M 75 10 非機能性下垂腺腫肺癌
6 F 39 5 頭蓋咽頭腫 脳出血
7 M 44 6 頭蓋咽頭腫 脱水
8 M 45 6 頭蓋咽頭腫 脱水
9 M 48 2 頭蓋咽頭腫 不明
10 M 65 1 転移性 肺癌
11 M 43 19 悪性奇形腫 突然死
12 M 78 1 その他 肺不全
非腫瘍性疾患
13 F 63 不明 Sheehan症候群 頭蓋骨出血(ALL)
14 M 53 6 外傷性 敗血症

表2 死亡例のホルモン分泌障害と体温調節異常および視力視野障害

 症例  ホルモン分泌障害  体温調節異常  視力視野障害 
 Gn分泌障害  PRL分泌障害  ACTH分泌障害  TSH分泌障害 GH分泌障害  ADH分泌障害   
1(+)
2 (+) (+) (+)
3(+) (+) (+) (+)
4(+) (+)
5(+) (+) (+) (+)
6(+) (+) (+) (+) (+) (+) (+)
7(+) (+) (+) (+) (+) (+)(+)
8 (+) (+) (+)(+)(+)
9(+) (+) (+) (+) (+)
10(+) (+) (+) (+) (+) (+)(+)(+)
11(+) (+) (+) (+)
12 (+) (+) (+) (+)
13(+) (+) (+) (+) (+)
14(+) (+) (+) (+) (+)(+)(+)

表3 死亡例のMR所見と治療
症例 原疾患  MR所見 治療
     下垂体macroadenom:  トルコ鞍部占拠性病変  上方伸展  下垂体茎の腫大  empty sell:  後葉高信号の消失  手術術式  放射線照射
1非機能性下垂体腺腫      TSS 
2非機能性下垂体腺腫(+) (+)   Crania 
3非機能性下垂体腺腫      TSS(+)
4非機能性下垂体腺腫(+) (+)   TSS 
5非機能性下垂体腺腫(+) (+)   Crania  
6頭蓋咽頭腫 (+)    Unknown 
7頭蓋咽頭腫 (+)(+)   Crania (+)
8頭蓋咽頭腫     (+)Crania (+)
9頭蓋咽頭腫      Crania  
10転移性 (+) (+) (+)  
11悪性奇形腫 (+)      
12その他の腫瘍 (+)(+)(+) (+)  
13Sheehan症候群    (+)   
14外傷性   (+)    

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