指定課題研究報告
「成人成長ホルモン分泌不全症の診断におけるGHS(成長ホルモン分泌刺激剤)の有用性について」
国立京都病院 臨床研究部 島 津 章
加齢における機能的成長ホルモン(GH)分泌不全状態と器質的GH分泌不全症を鑑別することは容易でない。GH分泌刺激剤(GHS)の成人GH分泌不全症の診断における有用性を明らかにするため、器質性完全型GH分泌不全症患者6例を対象に、GHSであるKP-102Dを投与し、血中GH反応と血中副腎皮質刺激ホルモンおよびコルチゾール反応をインスリン低血糖刺激のそれと比較検討した。KP-102DによるGH分泌増加は軽度ながら1例を除き5例で観察され、インスリン低血糖によるGH頂値より有意に高かった。同様に副腎皮質刺激ホルモン増加反応も1例を除き5例でみられ、インスリン低血糖より大きい反応であった。肥満者や高齢者でもKP-102DによるGH増加反応は減弱しないことを考えあわせるとGHSにより視床下部・下垂体系の機能評価が可能であり、インスリン低血糖試験にとってかわる有用な試験と考えられる。
研究の要旨
高齢により、運動精神機能は低下し、機能低下が進むほど、看護・ケアが必要となり、運動精神機能の喪失は疾病の増加に関連し、体構成の変化は有病率の増加につながる。下垂体前葉から分泌される成長ホルモン(GH)の分泌は、思春期中期にピークがあり、以後加齢とともに進行性に低下し、60歳代では思春期の分泌量の4分の1か5分の1と大幅に減少する。これはソマトポーズと呼ばれ、機能的なGHの分泌不全状態である。高齢者におけるGH分泌は、器質的病変を有する成人GH欠損症と同様に除脂肪体重の減少と体脂肪量、特に内臓脂肪の増加を引き起こす。加齢に伴う機能的なGH分泌不全状態は器質的GH分泌不全症と鑑別する必要があるが、実際には容易ではない。成長ホルモン分泌促進剤(GHS)の成人GH分泌不全症の診断における有用性を解明するため、器質性完全型GH分泌不全症患者を対象として、GHSであるKP-102D(科研製薬株式会社)を投与し、血中GH反応と血中副腎皮質刺激ホルモンおよびコルチゾール反応をインスリン低血糖試験におけるそれらと比較検討した。
1.研究の目的
器質性成人完全型GH分泌不全症6例(年齢27-43歳、男性2例、女性4例、頭蓋咽頭腫4例、胚芽腫1例、下垂体柄断裂1例)を対象とした。全例、多種ホルモン分泌不全を合併しておりGH以外の下垂体ホルモンの補充療法は適切になされていた。また血中IGF-1濃度は32-85ng/mlと著明な低値であった。早朝空腹時、肘静脈血管に静脈カニューレを挿入し、ストレスをかけない状態で安静臥床を保たせた。30分経過後、前採血の後に速効性インスリン(ヒューマリンR)を体重1kg当たり0.05-0.1単位、静脈内注射し15分おきに2時間まで採血した。血糖、GH、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)およびコルチゾールをそれぞれ、グルコースオキシダーゼ法、IRMA法で測定した。1ないし2週間後、同様の状態でGHSであるKP-102Dを100μg静脈内注射した。GH、ACTHおよびコルチゾールをIRMA法で測定した。本試験は治験等臨床試験に関する倫理審査委員会において第V相試験として実施について承認を得た。
2.対象と研究方法
3.研究結果(1)インスリン低血糖およびGHS KP-102Dに対するGH増加反応
成人GH分泌不全症患者におけるインスリン低血糖に対するGH反応を図1に示した。全例重症型であり、頂値は3ng/ml以下であった。はっきりした増加反応を認めない例が3例にみられた。空腹感、冷汗、動悸などの低血糖症状が全例でみられた。
同一対象におけるKP-102Dに対するGH反応を図2に示した。1例を除いた5例において増加反応を認めた。インスリン低血糖でGH反応が認められなかった例においても軽度ながら反応がみられた。反応頂値は投与後15-30分と早期にみられ、インスリン低血糖時と比較して明らかに高値であった。KP-102Dを投与早期に軽度の腹鳴と紅潮がみられたが、重篤なものはみられなかった。
(2)インスリン低血糖およびGHS KP-102Dに対するACTHおよびコルチゾール増加反応
成人GH分泌不全症患者におけるインスリン低血糖に対するACTH反応を図3に示した。明確な増加反応を示したものは3例のみであった。同一対象におけるKP-102Dに対するACTH反応を図4に示した。1例を除いた5例において増加反応を認めた。インスリン低血糖でACTH反応が認められなかった例においても軽度ながら反応がみられ、反応頂値は、1例を除きインスリン低血糖時と比較し明らかに高値であった。一方、血中コルチゾールは、分泌低下のなかった1例を除いてインスリン低血糖およびKP-102Dに対する増加反応はごく軽度にとどまった。
成長ホルモン分泌刺激剤(GHS)の成人GH分泌不全症の診断における有用性を明らかにするため、インスリン低血糖およびGHSによる成長ホルモンとACTH反応について比較検討した。その結果、インスリン低血糖刺激よりも強力なGHおよびACTH分泌刺激作用がみられた。KP-102Dの作用部位は、視床下部と下垂体の両者が考えられているが、主に視床下部に働くと考えられている。インスリン低血糖と比較し、有害事象の症状は軽微であり、視床下部・下垂体系の機能を安全にかつ十分に評価しうる。
4.考察
健常成人においてKP-102D投与時のGH増加反応は頂値の平均が60-100ng/mlにも達する。今回、成人GH分泌不全症患者では、最大3ng/ml程度であった。多数例を検討した成績では、GH頂値を15ng/mlでカットオフ値とすると、健常人と重症型GH分泌不全症を完全に分けられることが報告されており、診断的意義はさらに高い。高齢者において、GH反応は一般に低下している。KP-102Dに対するGH分泌増加は加齢の影響を受けがたく、さらに性差や肥満の影響も少ないことから、幅広い年齢層においてGHの最大分泌予備能の検索に有用であると考えられる。
GHSによるACTH増加反応はインスリン低血糖刺激より強力であることが示された。GHSによるACTH分泌刺激作用はげっ歯類において主に視床下部CRH神経細胞を介すると考えられている。またインスリン低血糖刺激によるACTH分泌刺激は抗利尿ホルモンと視床下部カテコラミン、および視床下部CRHが関与することが想定されている。今回の成績から、GHSによるACTH増加反応はCRH以外の経路を介する可能性も示唆された。
成長ホルモン分泌刺激剤(GHS)を使用することにより視床下部・下垂体系の機能評価が可能である。GH分泌刺激試験および視床下部・下垂体・副腎皮質軸の刺激試験として、副作用が問題となるインスリン低血糖試験にとってかわる有用な検査となりうる。成長ホルモンの最大分泌予備能の検査としても、今後幅広い臨床応用が期待される。
5.結論