指定課題研究報告
遺伝子異常による成長障害の研究
成長ホルモン(GH)作用異常症におけるGH-1およびGH受容体遺伝子の解析
神戸大学大学院医学系研究科応用分子医学講座
内分泌代謝・神経・血液腫瘍内科学教室
飯田啓二
はじめに
成長ホルモン(GH)は、下垂体前葉から分泌される191アミノ酸からなるペプチドホルモンである。小児期の身体発育において不可欠なホルモンであり、GHの欠損や分泌不全によって成長障害が引き起こされることはよく知られている。GH分泌不全が証明されればGH治療の適応になるが、実際に治療の適応になるのは少数であり、大部分はGH分泌不全を伴わない、いわゆる原因不明の特発性低身長症(ISS)である。しかしISSとされている症例の中にGH分泌は認められるにもかかわらず、血清インスリン様成長因子-I(IGF-I)が低値でGH作用不全を疑わせる症例がときとして見い出される。そのような症例の中にはGH分子の構造異常による生物学的不活性型GHによる成長障害1)2)あるいはGH受容体(GHR)の構造異常によるGH不応症3)が含まれることがすでに報告されている。
私達はISSとされる症例のなかで、IGF-Iが低値を示す症例において、上記のGHあるいはGHRの構造異常による症例がどれくらいの頻度で存在するのかを明らかにする目的でGH-1遺伝子あるいはGHR遺伝子の解析を行なった。
対象
-2.0SD以下の低身長症例で、GH分泌が正常に保たれているにもかかわらずIGF-Iが低値を示す症例を解析の対象とした。IGF-I generation testの結果、反応がある場合はGH-1遺伝子を、無反応の場合はGHR遺伝子の解析を行なった。IGF-I generation testがなされていない場合は、血清GH結合蛋白(GHBP)の値が低値もしくは高値の場合はGHR遺伝子を、正常の場合はGH-1遺伝子を解析した。判断困難な症例に対しては両者とも解析を行なった。結果的にGH-1遺伝子の解析を20例、GHR遺伝子の解析を25例行なった。
材料と方法
遺伝子解析
本解析に際しては全例で文書による同意を得た。患者および正常コントロールの末梢血白血球からゲノムDNAを抽出し、GH-1遺伝子およびGHR遺伝子のコーディング領域の各エクソンおよびエクソンイントロンの境界領域をPCR法にて増幅し、増幅産物を精製後直接シーケンス法にて塩基配列を決定した。図1に示すように、GH-1遺伝子に関してはエクソン2から5までの領域を2つの断片に分け、それぞれPCRで増幅した。GHR遺伝子に関してはエクソン2から9までは各エクソンを、エクソン10はさらに3つの断片に分けてそれぞれPCRで増幅した。PCRの条件は既報の方法を用いた1)4)。
mRNAの解析
患者の末梢血リンパ球からtotalRNAを抽出し、既報4)の方法によるRT-PCR法および直接シーケンス法にて塩基配列を決定した。
T51I変異の機能解析
CHO細胞に正常GHRあるいはT51I変異GHRを強制発現させ、STAT5結合配列を上流にもつルシフェラーゼレポータ遺伝子を細胞に導入して、GH刺激による転写活性能をルシフェラーゼ活性で評価した。
結果
GH-1遺伝子解析
GH-1遺伝子に関しては、既報の2種類1)2)以外の変異は同定できなかった。
GHR遺伝子解析
GHR遺伝子に関しては、既報5)のエクソン6におけるG168Gおよびエクソン10におけるL526Iの遺伝子多型が同定された。その頻度を欧米での頻度と比較して表1に示す。私達の検討した結果は、L526I多型に関してはISS例と正常コントロール群とで差はなく、また頻度も欧米人と差はなかった。しかしながらG168G(GGA→GGG)多型に関しては、私達の検討した結果は正常コントロール群で全例、ISS群でも1例を除いて全例がGGGであり、欧米人との結果と明らかに差が見られた。これは人種差による影響と考えられた。
GHR遺伝子の新しい変異の同定
昨年の中間報告でも示したように、1例でエクソン4内にT51I(ACAからATA)のヘテロ接合体変異を同定した(図2)。その臨床データを表2に示す。
mRNAの解析
図3に示すように、mRNAレベルでもヘテロ接合体のT51I変異が確認された。
T51I変異の機能解析
図4に示すように、T51I変異GHRのみを発現させた細胞は正常GHR発現細胞にくらべて明らかにGH刺激による転写活性能は低下していた。しかしながらT51I変異GHRと正常GHRをともに発現させた細胞では、正常GHRのみを発現させた細胞と差は認められなかった。すなわちT51I変異GHRは正常GHRに対してドミナントネガティブ効果は発揮しないことが明らかとなった。
考察
低身長を主訴に外来を受診する患者のうち、その大部分はいわゆる特発性低身長症と呼ばれる症例である。それらの症例の中にIGF-Iが低値を示す症例が存在し、実際そのような症例のなかから生物学的不活性型GHによる低身長症が世界ではじめて当教室の高橋らにより報告された1)2)。この低身長症の臨床的特徴は、外因性のGH投与に対しIGF-Iが良好に反応し、身長増加も期待できる点であり、GH-1遺伝子解析により本症を確定診断することは極めて重要である。これまでに私達は80例以上の症例を解析してきたが、既報の2例以外には変異を同定できず、また他施設からの報告もなく極めて稀な疾患であることが示唆される。
一方、1995年Goddard らにより特発性低身長症のなかに、GHR遺伝子のヘテロ接合体変異を有する例が存在することが報告された3) 5)。GHR遺伝子異常症はホモ接合体変異の典型例ではGH不応症の臨床像、すなわち外因性のGH投与に対しIGF-Iが無反応である特徴を有し、さらに大多数例で血中GHBP値が極端な低値を示すことが報告されている。しかしGoddard らの報告のようにヘテロ接合体変異を有する例ではGH不応性は多様である。これまでに私達は典型的なGH不応症例においてGHR遺伝子の複合型ヘテロ接合体変異を同定したのをはじめ6) 、優性遺伝形式をとるユニークなヘテロ接合体変異4)7)、GHRの機能に影響をおよぼさないと考えられる細胞内領域のミスセンス変異2種類8)9)を同定し報告してきた。その臨床像をまとめて表2に示す。今回さらに、GHR遺伝子における遺伝子多型についてもその頻度を欧米人での報告と比較してみた。明らかに身長に影響をおよぼすと考えられる多型は見い出されていないが、今後さらに検討をすすめていくことにより新たな変異あるいは機能に影響しうる多型が同定される可能性はあると思われる。今回検討したT51I変異のようにGHRの機能に影響しない変異も存在する。したがって今後新たな変異を見つけだすのと同時にその機能解析により変異の病的意義を正確に評価していくことが重要であると考えている。
謝辞
本研究は小児内分泌研究者懇話会の会員の先生方をはじめ、貴重な症例をご紹介いただきました全国の小児内分泌専門の先生方の協力のもとになされたものである。ご協力いただきました諸先生方に深謝いたします。文献
1) Takahashi Y, Kaji H, Okimura Y,et al. Brief report: short stature caused by a mutant growth hormone. N Engl J Med. 334:432-6, 1996. 2) Takahashi Y, Shirono H, Arisaka O, et al. Biologically inactive growth hormone caused by an amino acid substitution. J Clin Invest. 100:1159-65, 1997. 3) Goddard AD, Covello R, Luoh SM,et al. Mutations of the growth hormone receptor in children with idiopathic short stature. The Growth Hormone Insensitivity Study Group. N Engl J Med. 333:1093-8, 1995. 4) Iida K, Takahashi Y, Kaji H, et al. Growth hormone (GH) insensitivity syndrome with high serum GH-binding protein levels caused by a heterozygous splice site mutation of the GH receptor gene producing a lack of intracellular domain. J Clin Endocrinol Metab. 83:531-7, 1998. 5) Goddard AD, Dowd P, Chernausek S,et al. Partial growth-hormone insensitivity: the role of growth-hormone receptor mutations in idiopathic short stature. J Pediatr. 131:S51-5, 1997. 6) Kaji H, Nose O, Tajiri H, et al. Novel compound heterozygous mutations of growth hormone (GH) receptor gene in a patient with GH insensitivity syndrome. J Clin Endocrinol Metab. 82:3705-9, 1997. 7) Iida K, Takahashi Y, Kaji H,et al. Functional characterization of truncated growth hormone (GH) receptor-(1-277) causing partial GH insensitivity syndrome with high GH-binding protein. J Clin Endocrinol Metab. 84:1011-6, 1999. 8) Chujo S, Kaji H, Takahashi Y, et al. No correlation of growth hormone receptor gene mutation P561T with body height. Eur J Endocrinol. 134:560-2, 1996. 9) Iida K, Takahashi Y, Kaji H,et al.The C422F mutation of the growth hormone receptor gene is not responsible for short stature. J Clin Endocrinol Metab. 84: 4214-9, 1999.
Figure legend
図1
a. GH-1遺伝子の構造とプライマー設定
GH-1遺伝子は5つのエクソンからなる。エクソン2からエクソン5を含む領域を2つの断片に分け,PCRプライマーを設定した(矢印)。
b. GHR遺伝子の構造とプライマー設定
GHR遺伝子は10 個のエクソンからなる。エクソン2からエクソン10の各エクソンおよび近傍のイントロンをそれぞれ増幅するようにプライマーを設定した(矢印)。エクソン10はさらに3つの断片に分けた。
図2
患児のGHR遺伝子のエクソン4において,コドン51の第二塩基がCからTに変わるヘテロ接合体の変異を見い出した。この変異によりコドン51のスレオニンがイソロイシンに変わることが予想された。
図3
患児のリンパ球を用いたmRNAレベルでのGHR変異の検討
mRNAレベルで正常GHRとT51I変異GHRの両者が発現していることが確認された。
図4
正常GH受容体(GHR-wt)、T51I変異GH受容体(GHR-T51I)、および両者を強制発現させたCHO細胞における、GH刺激によるSTAT5依存性の転写活性能の評価。
図1
図2
図3
図4