指定課題研究報告
下垂体機能低下症の予後;剖検輯報による死因調査
加治秀介1、2、櫻井達也2、千原和夫2 兵庫県立看護大学栄養代謝学1、
神戸大学大学院医学系研究科応用分子医学講座内分泌代謝、神経、血液腫瘍内科学2
目的
成人成長ホルモン欠損症(AGHD)では内臓脂肪をはじめとする体脂肪の増加、筋肉、骨塩量の減少、高脂血症などが現れ、心血管死の頻度が高まることが欧米を中心に我が国でも報告されている(1-5)。その結果、最近では小児の成長障害のみならず、成人においても成長ホルモン(GH)補充の必要性が説かれるようになってきた(5-9)。
一方、環境や遺伝素因が欧米とやや異なる我が国におけるAGHDの予後は必ずしも明らかではない。私共もその把握のために全国の内分泌代謝疾患専門施設へのアンケートによる縦断調査や自験例の追跡調査を実施したが、死亡例数は統計解析を行うには不十分であった。今回、成長ホルモン欠損症(GHD)の有無については確認できないものの、過去10年間の剖検輯報から下垂体機能低下症の疑われる症例の死因を抽出することができたので、厚生労働省の死因統計と比較検討した。
対象と方法
下垂体機能低下症例は1974−1983年の剖検輯報において、死因ないし病理学的診断名として下垂体疾患を含む症例は日本病理剖検輯報データベース検索の結果812例であった。データベースには病理学的所見と直接死因のみであり、これらの症例の詳細を知るために剖検輯報を直接閲覧し、ファイルメーカープロにより独自のデータベースを作成した。このなかでクッシング病、先端巨大症が直接死因ないし病理学的診断名になっているか、下垂体腫瘍の浸潤が直接的な死因になっていると考えられる症例を検索した結果361例あったので、これらの症例を除いた451例(男性244例、死亡時年齢56.4±19.6歳、女性207例、死亡時年齢53.6±19歳)の下垂体機能低下症疑い例を対象とした。また全国の内分泌代謝疾患の専門施設に問い合わせたアンケート調査(10, 11)と自験例の追跡調査の結果、452例の下垂体機能低下症例のうち死亡の転帰となった23例についても死因を調査した。なお自験例の追跡調査に際しては、文書による説明と同意を得た。対照として1997年から1998年の日本人の全死亡者数各々913,402例、936,480例の計1849,882例の厚生省(現厚生労働省)の死因統計を参考にした。剖検輯報における下垂体機能低下症例と対照の各々の死因の比率の有意差の検討はEXCELに計算式を入力し、2つの母比率の差に関する検定を行った。
結果
1997年および1998年の日本人の全死亡者1849,882例を対照とし、剖検で推定された下垂体機能低下症の死亡451例、さらに全国の内分泌代謝疾患の専門施設へのアンケート調査ならびに自験の追跡で得られた下垂体機能低下症の死亡者の計23例について各種死因による死亡数の総死亡数に占める比率を表1にまとめた。
剖検で推定された下垂体機能低下症例を対照例と統計学的に比較、検討した結果、新生物、外因死の比率が有意に低く、一方新生物を除いた呼吸器系、消化器系の疾患による死亡の頻度が有意に高かった。新生物の内訳に関しては、消化管、肝胆膵の新生物が対照に比し有意に低く、この結果新生物全体として有意に低くなっているが、逆に造血器の新生物による死亡の頻度は対照に比し有意に高かった。外因死については不慮の事故、自殺の頻度が対照に比し有意に低かった。呼吸器系については肺炎による死亡の頻度が対照に比し有意に高いために呼吸器系全体の死亡の頻度が高くなっていた。消化器系については特に胃・十二指腸潰瘍の頻度が対照に比し有意に高かった。さらに循環器系疾患を死因とする例は総数においては有意差はなかったものの、その内訳には差があり、心疾患が対照に比し有意に低く、脳血管疾患が有意に高かった。心疾患による死因に関しては、急性心筋梗塞以外の虚血性心疾患死が対照に比し有意に低かった。また脳血管疾患の死因としては脳内出血、くも膜下出血の頻度が対照に比し有意に高かった。
アンケートおよび自験例の下垂体機能低下症死亡例は母集団が小人数のため対照との統計学的な検定は行わなかったが、代表的な死因以外のその他の死因の頻度および消化器系疾患による死亡の頻度が対照に比し高い傾向がみられた。
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考察
剖検で推定された下垂体機能低下症例において対照例より新生物、外因死の比率が低く、一方新生物を除いた呼吸器系、消化器系の疾患による死亡の頻度が高いことが明らかになった。新生物全体の比率が低くなった理由は不明である。剖検輯報においては欠損ホルモンの種類、補充ホルモンの種類が記載されていないが、欠損したまま補充されないホルモンとしてGHは最もその頻度が高いと推測される。GHをはじめとするホルモンの欠損が新生物の発育増殖に抑制的に働く可能性も考えられるが、死亡率の差は顕著ではなく、造血器腫瘍ではむしろ下垂体機能低下症例がより高頻度であった。外因死の比率が低かったこと、特に不慮の事故が少なかった理由は活動性の低下などが関与する可能性も考えられたが、自殺率が低かったのはAGHDで精神の健康も含めたQOLの低下などが報告されていること(1, 2)を考えると予想に反する結果であった。呼吸器系の疾患による死亡はほとんど肺炎による死亡頻度の増加であり、下垂体機能低下症例における免疫能低下の関与が推測される。ただしこれまでの我が国におけるAGHDの臨床試験でGH投与によって必ずしもリンパ球サブセットなどは変化しなかった(5)。消化器系では主に胃・十二指腸潰瘍が死因の比率として高く、下垂体機能低下症例においてはストレスが多くなっている可能性が考えられる。このことは前述の免疫能の低下の原因とも関連するものである。予後との関連で最も注目していた循環器系の疾患の死亡率は全体として対照に比して差はなかった。しかしその内容は異なり、予想していた心血管疾患による死亡がむしろ少なく、逆に特に出血性の脳血管疾患による死亡の比率が高いことが判明した。もちろん下垂体腫瘍の浸潤が直接的な死因になっている症例は除外しているが、この結果から下垂体腫瘍病変の脳血管への直接的または間接的な影響が関与している可能性も否定できない。いずれにせよ動脈硬化が基盤となる虚血性心疾患や脳梗塞において対照との間に顕著な差がなかったのは意外であった。というのも動脈硬化の進展は下垂体機能低下症やAGHDにおいてより顕著であることが国外で報告され(12, 13)、私共も頸動脈エコーにより頸動脈内膜・中膜複合厚がAGHD、特に小児発症のAGHDにおいてより顕著に肥厚していることを報告しているからである(14)。今回の報告は剖検輯報から得た情報に基づく下垂体機能低下症例での解析結果であるため、死因についての情報は極めて正確であるが、下垂体機能低下の実態は不明瞭であった。また厚生統計の総死亡数は当該年度の情報がないため比較的最近の2年間の結果を対照にしたため、死因別死亡率が当時と多少変化している可能性も否定できない。さらに年齢別、性別の比較が望ましいが統計資料や例数の関係で全体として比較した。さらに両群の母集団の例数の差が統計学的な解析にはやや大きい。したがってこれらを考慮した上で結果を慎重に吟味する必要があると思われる。
アンケート調査ないし自験の追跡例での死因調査については逆に下垂体機能低下症の詳細を知ることはできるが、死因はやや不明瞭であり、症例数も少ないため、統計学的に解析するには至らなかった。この群でも特に循環器系の死亡例が多いとはいえず、肝疾患、胃・十二指腸潰瘍などの消化器系疾患による死亡例数が比較的多い傾向が見られた点は剖検での解析結果と類似していた。
以上剖検ないし追跡調査から得た下垂体機能低下症例の死因調査の概要を報告し、若干の考察を含めて報告した。
謝辞
本研究は平成13年度成長科学協会研究助成金による。また本研究に御協力頂いた東邦大学医学部名誉教授 入江 実先生、神戸大学大学院医学系研究科生体情報学講座分子病理学 前田 盛教授、北澤理子先生、全国の内分泌代謝疾患専門施設の諸先生、神戸大学大学院医学系研究科社会情報医学講座都市安全医学 鎌江伊三夫教授、教室の諸先生や事務の方に深謝致します。
文献
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