指定課題研究報告
成長ホルモン療法の長期治療効果におよぼす諸因子の解析に関する研究


成長科学協会成長ホルモン治療研究専門委員会
島津章、立花克彦、五十嵐裕、田中弘之、谷澤隆邦、寺本明、西美和、長谷川行洋、肥塚直美、
平野岳毅、藤田敬之助、横谷進、藤枝憲二


分担研究課題:成長ホルモン治療のため成長科学協会に登録された患児における血中インスリン様成長因子-1濃度測定の診断的および治療的意義に関する研究

 研究の要約:1985年から1998年まで,成長ホルモン(GH)治療のため成長科学協会に登録された患児で血中インスリン様成長因子-1(IGF-1)濃度が測定された37586例のうち,質量単位での測定は16418例であり,これらの多数例の患児を解析対象として,GH分泌不全症の診断およびGH治療効果の予測におけるIGF-1濃度測定の意義について検討した。IGF-1濃度は測定キット間でいまだ標準化されていないため,治療開始前の各症例の報告値をそのまま採用し,既報の我が国の健常小児における基準範囲を用いて歴年齢に対する標準偏差スコア(SDS)を便宜的に算出した。各種GH分泌刺激試験の最大頂値をGH分泌能とすると,GH頂値5 ng/ml以下(GHD重症型)の群は約7%を占めた。この群の血中IGF-1 SDSはGH頂値5 ng/ml以上のGHD軽症型と比較して明らかに低値であった。重症型GHD群においてのみGH治療1年目の骨年齢相当身長SDS改善度はIGF-1 SDSと有意な負の相関が得られた。以上のことから,IGF-1濃度は重症型GHDの診断と治療効果の予測に有用であるが,軽症型GHDについてはあまり有用ではない。



【研究の背景と目的】

 インスリン様成長因子-1(IGF-1)は成長ホルモン(GH)依存性の成長因子であるが,GH以外に栄養状態や甲状腺ホルモン,性ステロイド,糖尿病,腎不全など多くの要因によりその血中濃度が影響を受けることが知られている。しかし,日内変動がほとんどないことから,単回測定によりGH分泌能を予測できる長所があり,成長障害や低身長児のスクリーニングとして広く用いられている。年齢や思春期の段階により測定値が大きく変動するため,多数例の健常小児を対象とした基準範囲が明確に設定されている必要がある。
 これまでの研究では,IGF-1測定について小児GH分泌不全症(GHD)の診断における感度は47-100%,特発性低身長症を対照とした特異度は50-98%と報告されている。しかし,対象の症例数が12−132例と少ないことから,これらの成績が強固な根拠を示しているとは言いがたい。そこで,本研究班では1985年から1998年まで成長ホルモン(GH)治療のため成長科学協会に登録された患児のデータベースを解析することで,我が国におけるGHDの診断およびGH治療効果の予測に対する治療前IGF-1濃度測定の臨床的意義について検討を加えた。



【研究の対象と方法】

 1985年から1998年までGH治療のため成長科学協会に登録された患児のデータベースを解析した。治療前に血中IGF-1濃度が測定された37586例のうち,質量単位であらわされた例は16540例であった。一部,質量とユニット単位を混同した記載ミスと思われる例が散見されたため,16418例(男子10942例,女子 5476例)を最終的な解析対象とした。表1には解析症例の原因別内訳を示したが,約90%は原因不明の特発性,約3.9%は続発性であった。

表1.解析症例の原因別内訳
診断名 特発性 続発性 その他 不 明 記載なし
例数 14905 643 187 512 294

 いくつかの免疫学的測定法を用いてIGF-1濃度の測定が行なわれた。しかし,測定キット間差についていまだ標準化されていないため,治療開始前の各症例の報告値をそのまま採用し,既報の我が国の健常小児における基準範囲を用いて歴年齢に対する標準偏差スコア(SDS)を算出した。血中IGF-1 SDSと治療前身長SDS,骨年齢相当身長SDS,成長率SDSとの関係,GH治療1年目の骨年齢相当身長SDS改善度との関連を検討した。各種GH分泌刺激試験におけるGHの最大頂値をその症例におけるGH分泌予備能と仮定し,GH分泌予備能とIGF-1 SDSの相関関係を求めた。統計処理は,正規分布する変数においては,平均値±SDであらわし多重比較検定をおこなった。



【研究の結果】

1. 症例の身体計測上の特徴と治療前血中IGF-1濃度

 歴年齢相当の身長SDSは,平均−2.68であり,‐2.0以下の症例は90%を占‐2.5以下は52.8%であった。一方,骨年齢相当の身長SDSは平均−0.06であった。成長率SDSは,平均−2.80であり,‐2.0以下の症例は66%であった。
 全解析症例の歴年齢相当のIGF-1 SDSの分布を図1に示した。IGF-1 SDSが‐2.0以下の症例は30%に過ぎなかった。
 歴年齢および骨年齢相当の身長SDS,骨年齢相当成長速度SDSとIGF-1 SDSの関係について表2にまとめて示した。

表2.身長SDS,成長率SDSとIGF-1 SDS
  歴年齢相当
全症例
身長SDS 成長率SDS
<−2.0 >−2.0 <−2.0 >−2.0
IGF-1 SDS ‐1.48±1.36 ‐1.49±1.34 ‐1.36±1.51 ‐1.59±1.34 ‐1.27±1.36
<−2.0の% 29.8 30.0 26.4 34.1 21.4

  歴年齢相当身長SDS 骨年齢相当身長SDS 成長率SDS
全症例 ‐2.68±0.80 ‐0.06±1.68 ‐2.80±1.76
IGF-1 SDS <−2.0 ‐2.92±1.01 ‐0.09±1.75 ‐3.22±2.01
IGF-1 SDS >−2.0 ‐2.58±0.67 ‐0.05±1.65 ‐2.62±1.61

1. GH分泌能と治療前血中IGF-1濃度

 各種GH分泌刺激試験における最大頂値をその症例におけるGH分泌予備能と仮定した。図2に解析症例のGH分泌予備能の分布を示した。最大GH頂値が5ng/ml以下の群(重症型GHD)は1171例であり,解析症例中約7%を占め,最大GH頂値5-10ng/mlの群(軽症型GHD)および10ng/ml以上の群は,それぞれ31%,62%であった。
 重症型GHDにおけるIGF-1 SDSは,軽症型GHDおよび最大GH頂値10ng/ml以上の群と比較して明らかに低値であり,−2.0以下の症例は約半数を占めた(表3)。重症型GHDのうち,最大GH頂値が3ng/ml以下の最重症例においてIGF-1 SDSは‐2.54±2.08と非常な低値を示した。一方,最大GH頂値が50ng/ml以上と過剰な増加反応例においてはGH不応性も疑われたが,IGF-1 SDSの著明な低下はみられなかった。

表3.GH分泌能とIGF-1 SDS
GH分泌能 IGF-1 SDS <−2.0の%
< 5 ng/ml (重症型) ‐2.12±1.84 48.6
5−10 ng/ml (軽症型) ‐1.40±1.31 27.7
> 10 ng/ml ‐1.45±1.29 28.6

IGF-1 SDS GH分泌能(頂値) GHD重症型% GHD軽症型%
<−2.0 15.7±13.0 11.6 28.8
>−2.0 16.0±12.0 5.2 31.8

2. GH治療効果と治療前血中IGF-1濃度

 GH治療1年目の治療効果を骨年齢相当身長SDSの改善度(Δ身長SDS)で表した。全解析症例を対象とすると,Δ身長SDSとIGF-1 SDSとの間に有意の相関関係は得られなかった。しかし,GH分泌予備能が低下した重症型GHD群においては,Δ身長SDSはIGF-1 SDSと有意な負の相関が得られた(図3)。

【考察】今回,GH治療のため成長科学協会に登録された患児の膨大なデータベースを基にして,血中IGF-1濃度測定のGHDにおける診断的および治療的意義を検討した。診断では患児のaxologyとGH分泌予備能の両面から,治療ではGH治療1年目の身長SDS改善度から解析を行なった。解析対象の患児は,約92%は歴年齢相当身長SDSが−2.0以下の低身長であったが,−2.5以下は52.8%であった。成長率SDSが−2.0以下の例は66%であった。解析対象の約3分の2はIGF-1 SDSが−2.0以上で,IGF-1欠乏状態とは言い難い。各種GH分泌刺激試験における最大頂値をGH分泌予備能としてGHDを分類した場合,重症型GHDは全体の約8%,軽症型GHDが約30%,10ng/ml以上のGH増加反応がみられる群が約60%を占めており,我が国における低身長児のGH治療の実態がうかがわれる。
 今回の成績において,低身長児の約30%,成長率SDSが−2.0以下の患児の約34%にIGF-1 SDSの低値がみられた。最大GH頂値10ng/ml以上の群を対照として重症型GHD,軽症型GHDのIGF-1による診断効率を解析すると,重症型GHDの診断効率は感度48.6%,特異度71.4%と良好であるが,軽症型GHDでは感度27.7%であった。これらの成績は従来の報告と比較して重症型GHDにおけるIGF-1の診断有用性が比較的低いことが注目される。この理由のひとつとして既報では対象症例の背景が比較的均一であり,今回は多数例の対象が不均一のためもあると考えられる。一方,軽症型GHDの診断にIGF-1測定は有用性があまり無いと考えられた。
 GH治療効果の予測と治療前IGF-1濃度の関連性について,全解析例では有意な相関は得られなかった。重症型GHDにおいてのみIGF-1 SDSが低いほどGH治療効果がみられる結果であり,GHDの程度が強いほどGHに対する成長促進効果がよいことと同様の所見と考えられる。



図1.解析症例におけるIGF-1 SDS




図2.解析症例におけるGH分泌予備能




図3. 重症型GHD患児におけるGH治療1年目のΔ身長SDSとIGF-1 SDS



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