指定課題研究報告
心の発達に関する研究
小児の対人関係の歪みに関する研究(2)
主任研究者 大野澄子(発達臨床研究会) 茂木真理(発達臨床研究会) 大島葉子(発達臨床研究会) 菊井真理(発達臨床研究会)
要旨
本研究は、故岡宏子聖心女子大学名誉教授が小児の対人関係の歪みを、それを生み出し進展させていく養育条件との関連において捉え、さらに、この関連の仕方の把握から歪みを是正し、健康な対人関係を育成する有効で具体的な実践に結びつく方途を見出そうとの目的により平成2年に始められた(1)。小児の対人関係の歪みを生む養育要因及びその他の関連する諸要因が、現場の目で捉えられた百を超すケースを心理学的手法により分析することにより明らかされた(2)ので、それら諸要因と対象児の歪み行動の型との関連から複合的な歪みの構造について検討を試みた。その結果、現場において客観的に記録を記し、対象児の行動特性を的確に捉え、その点に操作を加えることにより歪みが是正できることが示された。そこで、これら一連の研究成果を踏まえ、現場で実際に小児と接する保育者に、当該児の全体像が客観的に捉えられる記録紙を作成してもらい、その効果を実証するため日本語を母語としない小児についての対人関係の歪みについて考察を加えた。
【キーワード】関わりの歪み、発生要因、歪み行動の型、歪みの是正、記録
1. 研究目的
従来の研究を進める過程から、小児の対人関係の歪みを生じる要因とし て、@子どもを取り巻く全体的環境、A養育態度やパーソナリティ、あるいは保育園就園への期待度など養育者に関わる問題、B身体的、知的状態や生活習慣、友達や保育者や養育者との関係など子ども自身に関わる問題が特定され、「対人関係に歪みのある子ども」抽出のためのチェックリストが作成された(2) 。しかし、昨年の報告においては、本チェックリストの妥当性までは言及できなかった。そこで今回はまず第1の目的として、対人関係に歪みを起こしている子どもに対し保育者が行った働きかけ(操作)と、その結果生じた子どもの行動の変容を分析することから、チェック項目の妥当性とチェック項目間の複合的構造を明らかにしていきたい。
第2の目的は、以前のチェックリストの内容を踏まえて、保育者が現場で子どもの姿を的確に捉え、当該児の歪み行動の発生する構造を明確にし、かつ、働きかけとその後の子どもの変容が記録者本人にも、他のその子どもに関わる者にも一目瞭然に分かる記録紙を作成することである。これにより、保育者が子どもの対人関係の歪み改善に有効な操作を短時間に見出し、子どもや養育者に対して、効果的な指導が可能となると考えられる。
第3には作成した記録紙を実際に使用することであり、日本語を母語としない小児の対人関係の歪みに関する研究「幼児の歪み行動に対する評価(3)−外国人園児の場合@−」(3)を行ったので報告する。
2.チェックリストの妥当性について−行動変容からの考察−
対人関係に歪みある子どもの時間の経過に伴なって生じた行動変容が、チェックリストに挙げた対人関係の歪みを生起させるものとされた要因のうちのどの要因が変化したために生じたものかを特定し、チェックリストの抽出要因の妥当性を検証することとした。
【方法】
初回調査で対人関係に歪みがあると判断された子どもの追跡調査を行った。調査対象:36名。調査時期:初回調査よりほぼ1年以上の間隔を置いて行った。調査方法:対象児を担任する保育者に対し次の2つの調査を行った。@対象児の状態、取り巻く環境についての自由記述。A行動特性をみるための質問紙。質問項目は感情表出・衝動統制・情緒安定・攻撃性・保育者へのシンパシー有り(以後、保母+)・保育者への態度が反抗的(以後、保母−)・依存甘え・友達が多い(以後、友達+)・友達が少ない(以後、友達)・遊びができる(以後、遊び)の10項目であった。整理@自由記述から得られた対象児のプロフィールを初回調査時のものと比較し、各自の身体的、知的発達状態の変化、及び各自をとりまく環境の変化を記録した。A行動特性を問う質問紙については、各項目を得点化(初回調査時と同様)した後、図に表わし行動の変容をみた。B各児の行動特性の変容が類似しており、かつ保育者の初回、2回目の自由記述による評価も同傾向を示すものを類型化し4つの型(T型・U型・V型・W型)に分類した(図1−1〜4)。各型に属する人数内訳はT型6名、U型6名、V型12名、W型10名、その他2名であった。C類型化された行動変容型4型と、基調査(3)においてノン歪み群(関わりに歪みの見られなかった64名)、歪み群(関わりに歪み有りとされた114名)とみなされた各群の平均行動特性型(図2)との比較を行った。
【結果と考察】
4つに分類された行動変容型についてその変容の特徴を明らかにし、また、その変容に影響した要因について考察を加える。
T型:初回調査時は明らかに歪み群型であった行動が1年後に行われた第2回の調査時にはノン歪み群型行動パタンの方向に変容していた型である。このような変容に影響を及ぼした要因を探るため自由記述の資料の分析を行うと、家庭環境のよい方向への変化、保母の指導による母親の養育態度の改良、子ども自身の発達による親子関係の改善などがその要因として記されていた。
U型:初回調査時、保育者の自由記述の資料によると関わりに歪み有りと記述されているものの、行動特性型はノン歪み群に似た傾向を示していた型である。この型の子どもたちは、2回目の調査では保育者の自由記述も関わりの歪みの改善が報告されていた。この型の子どもは何かの要因に安定を崩す変化が起こり一時的に歪みのある行動をとっていたと考えられる。
V型:2回目調査において、保育者は自由記述に歪みの改善が見られると記しているが、行動特性は未だ歪み型に近いものであり、ノン歪み型への変化がみられない型である。この状態は関わりの歪み解消の過程途上にあるといえるのではないだろうか。この型の変容の要因としては、保育者の当該児や養育者へ意識的で積極的な働きかけが考えられる。
W型:2回目調査時での保育者の自由記述によると、子どもの行動に良い変化はなく、むしろ負の方向へ変化しているという。また、行動特性型も変化はノン歪み型のそれとはことなったものである。これは関わりの歪みがますます嵩じてきたということではなく、負の方向にしろ、友達や保母との関わり、自己主張が表出してきた結果と考えられ、歪み行動が修正される過程で現れた「ゆれ」とみて良いのではないだろうか。
以上行動変容について4つの型の特徴とその要因について述べてきたのであるが、具体的な変容を生起させる要因については言及できなかった。しかし、子どもをとりまく環境、子ども自身のさまざまな条件を整えていくことにより、関わりの歪みは減っていく傾向がみられることが示唆された。どの子でも経験することが考えられる兄弟の誕生なども、一時的にこどもの行動を揺らす場合もあるし、両親の離婚といった不安定な状況も周りの配慮により子どもの行動に影響を及ぼさない場合もある。結局、多くの子どもを保育する保育者は、一人一人の行動傾向や身体的状態、その子どもを取り巻く環境などを整理して確認しておくことが、子どもが関わりに歪みを生じた時に、即対応し、良い方向へ行動を変容させる働きかけを行ううえで大切だということである。
そこで、次に正確に子ども一人一人を理解できるような、保育者向けの記録紙について、本研究共同研究者である現場の保育者に、今までの研究から得られた結果を実現できるような記録用紙を作成してもらった。そして、その記録紙を用いて、次のような調査を行ったので報告する。
3. 作成した記録紙を試用した幼児の関わりの歪みに関する一考察
−日本語が第二言語である保育園児の場合(3)−
幼児の関わりの歪みとして保育者が捉える要因の一つに言語が挙げられている(4)。そこで、言語と関わりの歪み行動の関係を明らかにするため、日本語を母語としない幼児を対象として、入園時から調査時点に至る保育者の評価がどのような変遷を辿ったかを検討する。
【方法】
被験者:都内私立保育園で日本語を母語としない幼児を担任する保育者5名。
評価対象児:前記保育者の受け持ちで、その要件を満たす3歳7ヶ月〜6歳8ヶ月までの5名(入園時から調査時点の間に保育者が関わりに歪み有りと評価したことがある者)。
手続き:@評価対象児のプロフィールを正確に掴むため、保護者へ生育環境(家族構成・住宅・地域等)、生育歴(妊娠・出産状況・体質・主たる養育者等)についての質問紙を保育者を通して配布、回収する。A保育者の当該園児の関わり行動についての保育記録を作成する。記録内容は関わり(遊び・人・物)、生活習慣(睡眠・食事・排泄・清潔・しつけ)、発育・発達・健康(身体・言語・情緒・社会性)、地域・家庭の視点から、関わりの問題点、状態像について記録し、併せて問題点の解決に向けて、保育者が園児ならびに養育者へ行った働きかけとその働きかけによる園児の行動、及び、親子関係の変化にも言及するものである。B保育者へのフォローアップ・インタビューを個別に行う。記録紙記入について、その内省を聞き取り、MDに記録し、後に文字化した。
【結果と考察】
5人の保育者による記録紙と文字化されたフォローアップ・インタビューから、日本語を母語としない園児を受け入れた場合、表1に示すように、在園期間、入園時、月齢に幅があったものの、子どもの日本語習得(T〜X期)に即して、子どもの行動特徴、保育者の子どもに対する関わり方に図3のような過程が見られた。入園期のT期からある期間経過後のX期まで、保育者の評価の変遷を内省により辿ると、その背景に保育者の不安感の度合いの変遷が重なっているようである。1期は入園時で両者とも不安感が強く、U期の子どもが自己主張を始め、行動が粗暴になる時期まで、不安感が強く持続する。V期、W期と子どもの言語活動が豊かになり行動が落ち着き、友達との相互作用も生じてくると、その不安感は弱くなってくるという。X期になり、子どもが他の子どもと集団の中に融合されてある時期を過ぎると、再び保育者の不安感が生じると報告された。この原因として、保育者は子どもを評価する場合、通常、その行動、発話、さまざまな関わりの様子、活動への参加態度等々、種々の視点から包括的に評価する(4)というが、この期まで到達した当該園児に対しては、保育者も他の園児と同様の方法で評価を行うようになり、両者の依然として残る行動、発話の差に改めて気づき不安感が再燃されるということが考えられる。また、日本人園児の場合、何か問題となる歪みが認められた時、保育者は養育者と密接に連絡をとり、解決していくのであるが、当該児については、母親の日本語習得がなされていないため、潤滑なコミュニケーションが取られていない。このこともこの期に生じる保育者の不安要因の一つとなっているものと思われる。
4. まとめ
平成2年以来進められてきた本研究も、本年の報告をもって終了する。現場で日々幼児に接しつつ子を見る目を習熟させ、その場の自己の振る舞いが、意図の有無にかかわらず、幼児に教育作用を及ぼす現場の目と、何らかの統制場面での児の行動把握による分析、法則を求める研究を通して、その行動変容を意図しての教育作用との関連を見いだそうとする研究者の目を、どのように交流させ、組み合わせ、より現実的な研究方法に導くことができるか(5)という当初の目的も現場で記述された児の行動を研究者との交叉循環により法則化し、一般化していくことの目処がたったことによりほぼ達成されたといえるのではないだろうか。今後の私どもに残された課題は、保育者と研究者の協働作用の中で、子どもの抱える問題解決への、より質の高い具体的方途を確立することである。
なお、本研究に基づき、保育者向けに実践的観察ワークシートの上梓を予定している。
図1. 対人関係に歪みのある子どもの行動変容類型例
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図2.歪み群・ノン歪み群の行動特性型(各項目平均点)
表1. 対象児プロフィール
L児 M児 N児 O児 P児 観察時月齢 3歳7ヶ月 4歳 5歳1ヶ月 5歳3ヶ月 6歳8ヶ月 入園時月齢 3歳2ヶ月 3歳3ヶ月 1歳4ヶ月 2歳5ヶ月 4歳11ヶ月 保育期間 5ヶ月 9ヶ月 3年9ヶ月 2年10ヶ月 1年9ヶ月
図3. 対象児の日本語習得とその行動特徴・保育者の対象児に対する各期ごとの働きかけの変遷
引用文献
(1)岡宏子 1991 「地域・家庭環境の小児に対する影響等に関する研究−分担研究:
小児の健康と養育条件に関する研究−」厚生省心身障害研究
(2) 大野澄子、茂木真理、大島葉子、菊井真理 1999 小児の対人関係の歪みに関する研究
研究年報 (財)成長科学協会
(3) 茂木真理、菊井真理、大野澄子、大島葉子 2000 幼児の歪み行動に関する評価
(3)−外国人園児の場合@− 日本教育心理学会第42回大会発表論文集
(4) 大島葉子、大野澄子、茂木真理、菊井真理 1999 幼児の歪み行動に関する評価
(1)―保育者間による差異− 日本教育心理学会第41回大会発表論文集
(5) 岡宏子 1996 心理学的操作と保育現場の実践のギャップは埋められるか?
教育心理学会第38回大会論文集